2008年10月1日……

今年最初の積雪です。

……と言っても、表面がうっすらと白くなる程度だったんですが、いよいよ冬の気配が近づいてきました。
ちなみに私が観測できた範囲での今年の初雪は9月24日。ベランダに貼り付けてある温度計がマイナス3℃ぐらいだったので、寒いなぁなんて思いながらいつものように朝7時過ぎごろアパートを出ると、パラパラと小さいのが舞っていました。
で、そのちょうど1週間後の10月1日。朝から曇っていたので「今日も寒くなりそうだなぁ」なんて思いつつ、午後の授業をしている最中に雪がガンガン降りはじめ、帰宅するころには軽く積もっていた次第であります。
そんなわけで翌朝(10月2日)もこんな感じで白い風景でした。


春先(4〜5月ごろ)の積雪なんかは昼前にもなればすっかり融けてしまっていたんですが、この時期の雪は軽く積もっただけでも昼過ぎまで残っているので、空気が乾燥して冷たくなっていることを実感します。
今年の初積雪を観測した10月1日の寒さなんかは、私の地元だったら冬のいちばん寒い時期ぐらいの寒さと言ってもいいぐらいだったんですが、それでもこちらはまだ秋です。
テーマ:モンゴル - ジャンル:海外情報
モンゴル人の詰めの甘さについて書かせていただきます。
私が勤めている大学は、街の中心から少し離れた場所にあります。
フツーに歩いて30分ほどかかるんですが、アパートが建ち並ぶ市の中心部を離れるとゲルが点在する集落に突入し、そのゲル地区の中に3階建ての大学の建物がそびえ立っているような格好になっています。

私がモンゴルに来て丸一年が経ちますが、そのゲル地区なんかを見ていると、時代とともに民家のスタイルも変わりつつあるようで、昔ながらのテント型のゲルの他にも、木を組んで作られたログハウス風の建物なんかが多く造られています。さらに最近は、右の写真のようなレンガ造りのおしゃれな建物なんかもちらほら見られるようになってきました。
私なんかから言わせていただくと、今もなおゲルでの生活を営んでいる人だとか昔ながらの遊牧生活を送っている人なんかは尊敬に値するような気もするんですが、この情報化の時代に海外の生活様式なんかを比較的容易に知ることができるようになってしまうと、やはり「先進国のように文化的な暮らしがしたい」と思うモンゴル人は多いのでしょう。
で、そんな風に徐々に様変わりしつつあるモンゴルの民家を横目に見ながら毎日出勤しているんですが、ここでトートツに話題を変えてしまいます。
私が勤めている大学では、教員に対して仕事に欠かせないこんなアイテムが支給されています。

「багшийн ажилын дэвтэр(ばくしぃん・あじりん・でふてる)」
直訳すると「教師の仕事のノート」なんですが、まぁ早い話が「出席簿」です。

フィリピンで働いていたときなんかも大学から出席簿がもらえてはいたんですが、そのときは文房具屋なんかで売ってる市販の物でした。が、モンゴルでは大学が出席簿を独自で作っていて、これがただの出席簿だけにとどまらず、校章が印刷された表紙をめくるとまず今年度のカレンダー及び時間割記入ページに始まり、科目別に出席及び授業内容、宿題や課題の内容及び結果、小テストの点数が記録できるページがあり、もちろん学期末の成績も計算できるし、最後には白紙のメモページもあって、モンゴル人が作ったにしてはなかなか機能的、帰納的な一品に仕上がっています。
しかし、今年度用に大学から配られた出席簿を見ると…

1ページにつき、チェック欄が15列あります。
つまり、1ページで「授業15回分の出席」を記録することができるんですが、これが実に「惜しい!」と言わずにいられないわけです。
というのも、私が勤めている大学では、ひとつの科目は1学期間に32回の授業が行われます。ということは、15回授業をやって出席簿が1ページ埋まったら次のページを埋めていきます。で、2ページ目も15回授業が終わった時点でチェック欄が全て埋まってしまいます。つまり、2ページ分使い切った時点で、授業は30回行われたという計算になります。しかし、1学期間の授業回数は各科目とも32回。……つーわけで、3ページ目に出席の記録を記入し始めたところで、そのページはたった2回の授業のためだけに使われてお役御免となってしまいます。
そんなわけでこの3ページ目が実にモッタイナイというわけで……

16回目の授業の出席は「欄外」でチェックするハメになってしまいます。
でも、これなら1ページで16回分の出席を記録することができるので、2ページで32回。ちょうど2ページ使い切ったところで1学期終了となるわけです。

…という感じで、実に惜しい作りとなっているこの出席簿、今年も9月の新学期から新しいのを使い始めているんですが、今年度版ではこの出席簿がさらにありえない珍プレーを見せてしまっています。
最初のページに掲載されている2008年のカレンダーですが、9月のカレンダーを見てみると………

「!!!」
……これを作る過程のどこかでだれもこのミスに気付かなかったんでしょうか…。ちなみに10月のカレンダーは何事もなかったように10月1日が水曜日から始まっています。
こんな感じでモンゴル人が作る物は往々にしてどこか「詰めが甘い」と思ってしまうような物があるんですが、ここで再びこのレンガ造りの家の写真をご覧ください。

この家をよぉーく見てみると………

か、階段がぁ…
「支柱」とかいうものが脳裏によぎることもなく階段を造ってしまったがために、階段が真ん中からキレイにポキッと折れてしまったようです。
……つくづく「モンゴル人はツメが甘い」と思ってしまいます。
…と、こんなことを書きながらふと自分の部屋のカレンダーを見てみると………

10月が………

9月30日が火曜日で終わってるのに、10月1日が日曜日になってる!!
どうやら6月のカレンダーにつられてしまったらしい。

……やっぱり、モンゴル人はツメが甘いと思わずにはいられません。しかし、これがモンゴルクオリティです。とりあえず10月どーしてくれるんじゃ。
ひさしぶりにどうでもいい話なんですが…
子供のころから春と夏にはテレビなんかで高校野球をやっていて、やっぱり子供のころからそんなのを見ているので、20代半ばごろまでなんとなく高校球児ってのは「お兄さん」みたいなイメージで見てしまっていたという人、多いと思います。
…で、三十も過ぎればさすがに高校球児なんかはもうはるかに年下の、平成生まれの少年たちに見えるようになってはいるんですが、例えば「すもうとり」とか「野球選手」とかって、たぶん年下の割合がかなり高くなっているのにも関わらず、どういうわけかいつまでたっても年上の人に見えてしまっています。
モンゴルでは日本人が実年齢より若く見られるのと、日本人から見てモンゴル人が実年齢より老けて見えるのを差し引いて考えても、白鵬なんて私より10歳ぐらい若いのに年上としか思えない風格があるし、日本人力士にしても、たぶん現役力士のほとんどが私より年下なんだろうけど、みんなお兄さん、というかおっさんに見えてしまいます。
そんなある日、ウチの大学のコンピューターの先生の車に乗って草原を走っていたときのこと、

←人だかりに遭遇。
で、車を降りて近づいてみると…

←モンゴル相撲をやっていました。
んで、さらに近づいて………

負けて膝を付いているこの力士、よぉーく見ると私の教え子、モンゴル国立大学日本語学科3年生のバットトゥグス君でした。
子供のころから相撲をやっていて、そこから柔道なんかも始めたことがきっかけで日本語を学び始めたという彼、敗戦のショックでかなりテンション低くなっていたので、話しかけずにその場を去ることにしました。
それにしても、私よりひと回り以上も年の離れた学生なんですが……

カンペキにおっさんにしか見えませんでした。