シルクロードのバネ工場

ウズベキスタン、フィリピン、ベトナム、モンゴル、そしてシリアに渡った日本語教師のブログです

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「みんなの日本語」に学ぶ

語学教材についての話です

「みんなの日本語」という日本語のテキストがあります。
おそらく今、国内外を問わず最も多くの日本語教育機関で使用されている初級文法のテキストで、その内容は、易しい文型から徐々に難易度を上げていき、ひとつ教えたらまたひとつ新しい文法項目を積み上げていくというもので、一般に「文法シラバス」と呼ばれるものです。
また、練習問題や会話文なども収録されていて、会話文の中では「IMC」という日本の会社で働くアメリカ人「ミラーさん」を中心に、日本で暮らす外国人と日本の人々との交流が描かれています。(写真参照)

 
(会話のページ(左)とその主要登場人物ミラーさん(右))

しかしこの「みんなの日本語」、すっかり日本語教育界における初級テキストのスタンダードとして定着してしまっているんですが、わりと多くの日本語教師がこいつを「くせ者」だと思っていて、どうして風化せず、長く広く使われ続けているんだろう…と思ってしまうほど扱いにくいこともしばしばあります。せめて時代の流れに沿って改定していこうよ、って思うんですがね。

で、話は変わって、下の写真は私がベトナムに来て最初に購入したベトナム語のテキストです。



「日本人の為にベトナム語(1~2巻)」(CD付き各48000ドン(350円くらい))
「為に」というのがなかなかニクいセンスをしていますが、これ、ベトナム全土の書店で購入することができます。

中身をみてみると、まずはベトナム語で最も難解と言われる六声調の解説、そして簡単な文法構造の説明に始まり、その後は基本的に文法シラバスのカタチをとっており、文法項目を積み上げ、例文や練習問題、会話文などからベトナム語が習得できるような構成になっています。

このとおり、会話のページにはイラストもついてます。


……って、あれ?…よく見るとこの絵、


ミラーさん!?

うわ、「みんなの日本語」と同じだ!!

 
(左「みんなの日本語」、右「日本人の為にベトナム語」)

なんとこの「日本人の為にベトナム語」、よく見ると実は「みんなの日本語」の例文から会話文、練習問題に至るまで、その全文をベトナム語に翻訳し、挿し絵もそのまま転用し、堂々とベトナム語のテキストとして書店で売ってしまってるんです。しかもご丁寧にベトナム人による会話のCDまで作成して…。
(ちなみにミラーさんは、「フォンさん」「ロンさん」「ミンさん」など、課ごとに名前を変える変幻自在な金髪のベトナム人として八面六臂の大活躍を見せています。)

………でも、ここでちょっと発想を転換してみると…

これでベトナム語を学べば「みんなの日本語」で日本語の勉強をさせられているベトナム人の気持ちが少しはわかるかもしれないので、ベトナムで生活している日本語教師にとって公私ともに役立つ逸品となるのではないかと思うんですが…、どうでしょう。
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「地球の歩き方」に載ってます

突然ですが宣伝です。

いまや日本における海外旅行のガイドブックの定番にもなった「地球の歩き方」。鮮度が命と言われるガイドブックの中でも、1年半から2年に一度は改定され、常に新しい情報を提供。また、圧倒的な数の国や地域を網羅し、日本国内で販売されているガイドブックの中でもかなりのシェアを誇っています。

数年前、私がバックパッカーみたいなことをしていたころ、やはり海外で出会う日本人の多くはこの「地球の歩き方」を持って旅をしていました。しかし、この地球の歩き方、情報に誤りが多かったり、無駄な情報はたくさん載っているくせに必要な情報はあまり載っていなかったり、写真が多すぎるためにページが多く厚みがあって、長旅での携帯には向いていないなど、当時の旅行者の間ではわりと人気は低く、どうしても「『歩き方』を持ってるヤツ」=「旅の初心者」という目で見られていました。また、タイやインドなどのように日本人バックパッカーの多い国では、現地人の間でも「『歩き方』を持ってる日本人」=「カモ」だと思われていることがしばしばあります。

そんなわけで、正直なところ私も旅の情報源としてはほとんど活用していなかったんですが、ヒマなときに本屋で立ち読みしたり、気に入った物は買って読んだりするなど、個人的にはガイドブックというよりひとつの「読み物」として集めたりしていた時期もあります。
というのも、この「地球の歩き方」、とにかく写真が満載されており、地図もなかなか詳しく描かれていて、その国へ行かなくても「読むだけでなんとなくその国の臨場感が味わえる」という魅力がある。と、個人的には思うわけです。

で、この度、なんとその「地球の歩き方」に私の書いた記事が掲載されてしまいました。
それも、「ホテルやレストランの紹介」的な2~3行の投稿記事ではなく、編集部から正式に依頼されて書いたコラムが堂々1ページを埋め尽くすカタチでドド~ンと掲載されています。
エヘヘ、ちょっと自慢。

ちなみに、いま住んでいるベトナムのものではありません。


「地球の歩き方 シルクロードと中央アジアの国々編 07~08年版」
(5月19日発売 1974円)

なんともマニアックなタイトルですが、これ、旧ソ連の中央アジア諸国(ウズベク、カザフ、キルギス、トルクメン、タジク)5カ国の旅のダイジェストが満載されており、中央アジア、シルクロード方面が好きな人にはたまらない魅惑の一冊に仕上がっています。(旅のガイドブックとして使えるかどうかは別として。)

んで、何を書いたかというと、3年ほど前に私が住んでいたウズベキスタンのリシタンという町の紹介記事です。

今回、このお話をいただいたのは昨年の11月半ばごろ。ベトナムに来るちょっと前のことです。
ウズベク赴任前からいろいろとお世話になり、現地赴任への窓口にもなっていた団体の方から連絡があり、「地球の歩き方の改訂版にリシタンと紀子学級(私が赴任していた日本語学校)の紹介記事の執筆依頼があったんだけど、それなりにわかりやすい文章が書けて、バックパッカー経験もあって地球の歩き方なんかもよく知っていて、中央アジアが好きで、さらに最近現地に行った若いバカなの」ということで、私に白羽の矢が立てられ、そんなこんなで「いっちょ書いてみるか」となったわけです。

ただ、町の紹介といっても、リシタンという町は地図などいらない小さな田舎町だし、旅行者がわざわざ行くような観光地でもない(そもそもホテルすらない)ので、旅行情報はいっさいナシ。見開き2ページにその町と日本語学校の紹介コラムのみ。
で、それを、日本側とウズベク側から一人ずつに書いてもらうという構成で、まずは実際に現地で生活していた日本人(私)がリシタンという町と、紀子学級という日本語学校についての簡単な紹介をしたあと、現地リシタンで日本語を学び、日本への留学経験もあり、今は現地で日本語を教えているジャエワ・ショヒジャホンさんというウズベク人の女の子が現地での経験などを綴る。ていう感じ。

2007年の年明けごろから執筆作業に入り、当初は書きたいことだけチャチャっと書けば済むだろうと思っていたんですが、実際には文字数やら地名表記やら漢字表記など編集部の方針がいろいろあって、数度にわたる書き直し要請を受けてしまい、削除やら付け足しやらを繰り返し、「あと何行減らして」とか「この段落をあと何文字減らして」とかいう地味かつ地道な作業を経て完成。結果的に無駄な部分はすっかり削ぎ落とされてしまい、誰でも書けるような文章に仕上がってしまったような気もしなくはないんですがね…。

そんなわけで、ガイドブックとはいえ一応は著作物なので、ここでの公開はできませんが、ボカシを入れてちょっとだけ公開いたします。(どうしても見たい方は書店で立ち読みもしくは購入してください。)


こんな感じで、見開きの片側1ページに私の書いたコラムが掲載されています。


ホラホラ、ちゃんと名前も載ってるよ。

…と、ゆーわけで、日本にいる方はとりあえず書店に走って見てみてください。

ホーチミン市日本語スピーチコンテスト

日本語スピーチコンテストについての話です。ちょっと長くなってしまいました。



「日本語能力試験」と「日本語スピーチコンテスト(または弁論大会)」の二つは、特に海外でそれなりに日本語教育が行われている国では「二大行事」と捉えられている所が多いと思います。

少なくとも、私が今まで教えていたフィリピンや、ウズベキスタンを始めとするその周辺国である中央アジアおよびCIS諸国ではそうでした。

学習者それぞれが自分との戦いを経て、自らの力で結果を生み出す能力試験に対し、スピーチコンテストや弁論大会などと呼ばれるものは、各教育機関の中から「弁論」という能力に長けた「選ばれし者」が集まり、学校の看板を背負って闘う、ある種「お祭り」のようなものだと個人的には思っています。

で、先日、そんな日本語教育界のお祭りであるスピーチコンテストがホーチミン市でも開催されたわけですが、私がいま教えている学生はまだまだそこに参加できるようなレベルでもないし、それ以前に我が教室は「教師会」なるものとは無縁なのでお声もかからず、とりあえず学生を引率してドキドキするようなこともないので、お気楽な気持ちで「祭り見学」に行ってきました。

ベトナムはご存知の通り日本語教育が盛んで、国内における学習者数は3万人、ホーチミンを中心とする南部だけでも18000人にも上るらしい。(開会の挨拶みたいなの聞いて初めて知ったんですがね、エヘヘ。)で、このホーチミン市日本語スピーチコンテスト、今年で13回目を数えるらしく、参加者も1次審査の「原稿審査」と2次審査の「スピーチおよび質疑応答」という厳しい審査を通過して選ばれた猛者どもが出場するらしく、これは期待せずにはいられません。

ところが、ところがである。

そんな厳しい審査を通過したっていう割には発音が悪くて聞き取りにくいし、質疑応答もなくてただ暗記したスピーチを発表して終わりだし、中には明らかに「先生に原稿書いてもらいました」てなスピーチもあり、「ありゃりゃりゃりゃ…、18000人も学習者がいてこれ?頂上決戦じゃないの?」と思ってしまうほどのレベルの低さ。しかも、出場者がどこの教育機関の所属かとかも発表されてなかったんですよねー。(ありゃ全員フリーの参加者なのか?そんなわきゃねーだろ。あ、もちろんこれは私個人としての意見であり、すばらしい大会でした、ていう人もいるとは思いますが。)

もちろん中には面白いスピーチもあり、身を乗り出して聞き入ってしまうものもありましたが、そういうのは最終的に入賞すらできず、なんかいかにも「耳障りのよい美辞麗句を並べただけ」みたいなスピーチが入賞してたし…。(まぁ、これはどの国でもそうで、結局のところ本大会での審査員が「日本領事」とか「日本人会会長」とか「某政府系団体の所長」とかだったりして、日本語教育の専門家は1人か2人ぐらいしか審査できないというのもあるんですが、それにしても本大会に出場する人を審査したのは日本語教育の専門家だよなー…。)

そんなこんながあり、ベトナムは日本語教育が盛んな国なのに、なんでスピーチコンテストのレベルがこんなにも低いのかなぁ…と思ってしまいましたが、これ、たぶんベトナムという場所柄だと思います。

というのも、特にホーチミンなどは日本人観光客も多いし、日系企業もウジャウジャ進出してるし、日本語教師も引く手あまただし、「そこそこ日本語が話せる」というのが比較的容易に「即・仕事」に繋がってしまっているフシがあるので、この手のお祭り騒ぎだとか、「単なる名誉だけ」に興味がある人が少ないんじゃなかろうか。

でもね、優勝した人には「賞金200ドルと日本行き往復航空券」ですよ。ベトナムの一部地域であるホーチミン大会で優勝しただけでこの大盤振る舞いって、正直オドロキです。

例えば、私が過去に教えていたウズベキスタン。

教室で「弁論大会に出たい人~」なんて言うと、99パーセントが挙手(行きたいけど、諸事情でためらってしまう奴が一人ぐらいいる)。しかし、ウズベクでは国内でもそれぞれ学校単位はもちろん、地区単位での選考があり、それに勝ち進んだ者がウズベキスタン本大会に出場。で、それに入賞したら、今度は中央アジア弁論大会への参加資格が与えられ、カザフスタン大会やキルギス大会の入賞者と競います。で、その中央アジア大会に入賞したものだけがCIS大会に進出し、ロシアなどを含む旧ソ連のCIS諸国を勝ち抜いてきた者と雌雄を決し、そこで優勝して晴れて日本行きの切符を手にすることができる。

…という長く険しい道があるのに加え、支給される日本行きのチケットは「モスクワ~日本間」というもの。なので、そこまで行って勝利を手にし、名実ともにユーラシアを制したとしても、再度モスクワへ行く財力なき者は日本へ行けずじまいになってしまう、という可能性もあるわけです。

もっとも、学習者数が決定的に違うというのもあるんだろうけど、ホーチミンの日本語スピーチコンテストのグダグダぶりを見てしまうと、「それにくらべてベトナムは……」という感は否めないところです。やはり日本と近しい関係になってしまった国はどこもそうなんでしょうか。

 

「200ドルと日本行きチケット」だけでも十分すぎるとは思いますが、もっとおいしいエサを大々的に学習者の眼前にぶら下げないと、レベルの高いスピーチコンテストを見ることは当分できそうにないというのも悲しい話ですがね…。

日越混血児による母国語または生活言語としての日本語習得

シゴトの話です。タイトルはあまり関係ありません。

ひょんなことから、「日本人とベトナム人の間に生まれ、現在ベトナムで生活している子供たちを対象としたクラス」というのが4月から始まりました。

その数13人。下は4歳から上は6歳、つまり小学校1年生になるかならないかぐらいの子どもばかり13人です。もうちょっと年上になれば女の子なんかはだんだんませてきたり落ち着いてきたりするんだろうけど、さすがに6歳ぐらいじゃ男も女もガキはガキです。ハッキリ言ってサルと同じです。

ボス(ベトナム人)が「日本人のお母さんはいろいろうるさいから(実体験含む)」という理由で、クラスに参加する子どもを募るときも、なるべく「父は日本人、母はベトナム人」という家庭の子どもを中心に募集していたらしいんですが、中には例外もいて、

←コァイとフイ

見ての通り双子です。生粋のベトナム人である両親が日本に帰化し、生まれたのは日本。しかし、生後すぐにベトナムに来たため、この二人は日本語を話すことはできず、日本語を聞いて理解はしているけど、自然と口から出てくるのはベトナム語のみ。
なので、日本語で話しても、都合が悪くなると「わからないふり」をしやがります。生意気です。

で、もうひとつの例外がこの二人で、
←コイ(兄)とキム(妹)

明らかに極東アジア人の顔ではありません。ベトナム生まれのベトナム育ちで日本に行ったことはなく、母親はベトナム人、父親はアメリカ人という家庭環境。つまり、彼らに日本人の血は一滴たりとも流れていませんが、どういうわけか二人とも日本語ペラペラ。兄のコイはインターナショナルスクールの1年生で、妹のキムは「ともだちほいくえん」というホーチミン市内にある日本人保育園に通っています。
この2人、どうして日本語が話せるかというと、お母さんが過去に日本に留学していたことがあり、早いうちから生活の中で日本語を使わせていたらしい。実際、お母さんがこの2人と話すときはだいたい日本語で、むしろベトナム語を使うことの方が少ないくらいです。そんな感じだから家庭での共通語がまた複雑で、英語と日本語とベトナム語が言ったり来たりしているらしい。なんか「この環境でいったい何のために日本語を?」と、理解に苦しむところもありますが…。

んで、あとの9人は全員ベトナム人と日本人の間に生まれた混血児ですが、よく見ていると、「彼らの頭はどうなっているのやら」と思うことが多々あります。

たとえば言葉。私のような純日本人とはもちろん日本語で話します。ベトナム人と話すときも同様にベトナム語で話します。また、子ども同士での共通語はベトナム語ですが、これについてはほとんどの子どもが現地の小学校に通っているからだろうと思います。

じゃあ、ベトナム語ができる日本人の大人や、日本語ができるベトナム人の大人と話すときはどうなるのかというと、まずは大人が使っている言語にあわせて話します。例えば、日本語が話せるベトナム人に日本語で話しかけられた場合、最初は日本語で話します。ところが、相手がどんなに日本語が達者なベトナム人であっても、何かの拍子に何らかのセンサーが「この人は日本語のネイティブスピーカーではない」ということを察知。それがわかるや否や、言語中枢のスイッチが切り替わり、ベトナム語で話しはじめ、それ以後その人とは決して日本語で話しません。おそらく逆の場合も同様かと思われます。これはどこの国の混血児にも見られる現象なんだろうか。

しかし、ベトナム語はどうかわかりませんが、日本語について言えば、やはり日本で生まれ育った同年代の子どもにくらべるとちょっと日本語力は劣るかな、という感じはします。(ただしこの場合の比較対照は、うちの姪とか甥とか知り合いの子ども数人だけですがね。)まぁ、コレに関しては、日本語の母語話者ではないベトナム人のお母さんがときどき使う「誤った日本語」の影響も少なからずあるだろうし。(外国語として日本語を勉強している大人がよくする間違いがときどき見られたりするので。)

彼らの親が子供たちを教室に通わせる目的は「日本語を忘れさせないため」であったり、「日本人学校での授業で遅れをとらないため」などですが、正直言ってそんな親の思いなどは子供たちには関係ないようで、教室内はいつも騒がしく、見る人が見たら「学級崩壊?」と思われてしまいそうなときもあります。
しかし、いずれ彼らも年を重ねていくうちに、個人差はあるだろうけど必ず混血児であるがゆえの悩みを抱え、泣きたくなるような現実や泣くに泣けないような局面に立たされるようなこともあるだろうと思います。だからというわけでもないんですが、私個人としては「ホラ、勉強しなさい」ていうより、今は子供たちが「なんか変な日本人と絵ぇかいたり歌ぁうたったりできて楽しいなー」ぐらいに思ってくれていればそれでいいのかな、などと思いながら子供たちの相手をする日々です。

ちいさな命

なんか読む人の感動をさそうようなタイトルをつけてしまいましたが、最近どうもネタ不足のため、ちょっと前に書くだけ書いてボツにした実にくだらない話を引っぱり出してみました。

日本に比べて海外では、実に様々なものが路上で売られています。ベトナムでも食べ物や飲み物をはじめ、おもちゃや雑貨、衣類などなどの露店が並んでいますが、中には「ペット屋さん」もあり、子犬やミドリガメ、金魚、熱帯魚など、街のあちこちでちいさな命のやり取りが日々行われています。ていうか、路上でペット売ってる人、売り上げより維持費の方が高くつくんじゃねーかという疑問もありますが…。

と、ここで話は変わりますが、私が住んでいる家の近所に「maximark」という大型スーパーがあって、1階には外食チェーン店が数軒とグロッサリー、2階は衣類や雑貨やおもちゃ屋など、で、地下にゲームセンターなども入っていて、いつ行っても子供からお年寄りまで、多くの人でにぎわっています。

ゲームセンターといえば、さすがに子供の頃にくらべてゲームというものに対する興味も薄れてはいるんですが、日本でフリーターだったころにゲームセンターで長い間バイトしていたこともあるし、ちょうど私がゲーセンでバイトしていた頃に流行ってたゲームなんかが、こっちではリアルタイムで遊ばれていたりしていて懐かしい気分にも浸れるので、海外でゲームセンターなんかを見ると、何をするわけでもなくついつい入ってしまいたくなります。

で、そのデパートの地下ゲーセン、やはり日本から流れてきたであろう中古の筐体などが並んでいるんですが、ひとつ、私が今まで行ったどの国にもなかったゲーム機を発見してしまいました。

それがこれ。
「Gold Fish Catcher」

おおむね想像できると思います。その名の通りGold fish(金魚)をキャッチするゲームなんですが、このゲームで使用されている金魚というのが…

←生きている……


一応、このゲームの遊び方を説明。
(1)レバーで捕獲用の網を操作し、金魚を捕まえます。

(2)すると、捕獲した金魚はこの穴にボトリと落とされます。

そしてプレイヤーはこの穴に手を突っ込み、捕獲した金魚を持ち帰るというシステム。


…でもね、せっかく捕獲した金魚を持ち帰るためのビニール袋とか水とかが見当たらないんですよねー…。ていうか、このゲームで遊んでる人自体、見たことないんですが、店員はちゃんと金魚の健康状態チェックしてるんだろうか。

何年か前にペットの自動販売機が問題になったりしてたけど、これなんか動物愛護の人たちにでも見つかったらベトナム人は何て言い訳するんだろう。

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