シルクロードのバネ工場

ウズベキスタン、フィリピン、ベトナム、モンゴル、そしてシリアに渡った日本語教師のブログです

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菌のある生活・後編

前回の続きです。

モンゴルのヨーグルトがこの時期一番ウマいということで、このヨーグルトを培養する実験に取りかかりました。日本でもカスピ海ヨーグルトなるものがヨーグルト通の間で流行しましたが、このカスピ海ヨーグルトというのは、大さじ一杯程度のヨーグルトを「株」にして、それに牛乳を混ぜることでヨーグルト菌を繁殖、で、さらにそれをまたスプーン一杯程度を残して……というように、無限に増殖させてヨーグルトを作り続けることができるモノ。
それに、納豆菌なんかも、納豆1パックと大豆があればいくらでも納豆が増やせるし、その容量でモンゴルのヨーグルト菌も増やそうと思えばいくらでも増やせるのではないか、と思い、早速実験開始です。


スプーン一杯程度のヨーグルトを容器に入れ、そこに牛乳を流し込んでよく混ぜる。んで、蓋をしてこれを常温で数時間そのまま保存しておくと……

……残念ながら実験失敗です。ヨーグルトにはならず、ただ「ヨーグルトを混ぜた牛乳」にしかなりませんでした。

でも、この「ヨーグルトを混ぜた牛乳」、酸味の強いヨーグルトに乳臭い牛乳が混ざり合うことで、牛乳のまろやかさがヨーグルトの酸味を抑え、ヨーグルトの酸味が牛乳の乳臭さを消し、程よい感じのヨーグルトドリンクになってくれたので、これはこれでよしとすることにします。
インドの「ラッシー」みたいな感じでウマいです。

しかし、ここで満足してはいけません。あくまで今回のこの実験の最終目標は「ヨーグルト菌の培養」。
そんなわけで、頭をひねります。

……そういえば、会話の授業で「モンゴル料理の作り方」を発表させたとき、「乳製品の作り方」について話した学生が「ヨーグルトを作るには酵母菌を入れた生乳を沸騰させる」みたいなことを言ってたような…ということを思い出し、牛乳を沸かしてみることにしました。


んで、あとは同じようにスプーン一杯程度のヨーグルトを容器に入れ、沸かした牛乳を流し込み、よく混ぜて密閉。常温で数時間保存しておきます。すると…


このとおり!ヨーグルトになりました。

しかし………

考えてみればモンゴルでは牛乳もヨーグルトもたいして値段が変わらないので、必死になってこんなことする意味はあまりないのです。

ちなみに、最初のヨーグルト作りで「ラッシー風味」のヨーグルトドリンクが出来上がってしまったときに、あることに気がつきました。
ラッシーと言えばインド、インドと言えばカレー、そしてカレーと言えば「ナン」。……ということで、いつも作っているパン生地にヨーグルトを入れて練り込んでみます。(右写真)

すると……
「ナン」完成。

モンゴルにおいてイースト菌とヨーグルト菌の華麗なるコラボが実現しました。
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菌のある生活・前編

「菌」の話です。

ちょっと前に「小麦の値段が上がってパンも値上げした」みたいな話をしましたが、ある日、いつものようにスーパーで買い物しているときのこと、これまで気にも留めていなかった棚の前で立ち止まり、こんなものを見つけました。


ドライイースト

で、この「イースト菌」をボサーッと眺めながらしばし考えます。

………小麦粉が高くなった。……パンも高くなっておまけにマズくなった。…でも、毎度毎度パンを買うより、小麦粉をたくさん買って自分でパンを作れれば食費が浮くのではないだろうか……。
…そんなわけでイースト菌を購入。自宅でパン作りに挑戦してみることにしました。

(材料)小麦粉、イースト菌、塩、砂糖、バター
   (「ハカリ」などという便利グッズはないので、それぞれ目分量)
(作り方)小麦粉に塩ひとつまみ程度を混ぜ、そこにイースト菌と砂糖を混ぜたぬるま湯をブッ込んでコネていきます。生地がカタチになってきたらバターも混ぜてさらにコネます。んで、コネた生地を暖かいところに4~50分ほど置いておくと、生地の中でイースト菌が発酵して2倍ぐらいに膨らみます。

で、膨らんだ生地のガス抜きをして再び30分ほど寝かせたあと、オーブンに10分ぐらい突っ込んでおきます。すると…
「できあがり」

結構簡単にできます。お味の方も、自分好みの配分がわかってくればそこらで売ってるパンよりウマくなるし、何より安上がりデス。そんなわけで最近はパン作りにも慣れてきて、形を変えてみたり、ジャムを入れてジャムパンを作ってみたりしています。楽しいです。


…と、そんな感じでイースト菌と戯れている間に、モンゴルはすっかり夏になってきました。5月ごろから新緑も芽生え始め、草原も眩しいぐらいの青さを取り戻しています。
そんな中、モンゴルでは家畜たちが新緑を食べるようになる5月6月というのは乳製品がもっともおいしい季節と言われています。しかもこの季節は乳も大量に搾り採れるため値段も安くなり、市場の乳製品売り場も活気にあふれています。

しかし、わざわざ市場へ行って乳製品を買う必要はありません。毎朝アパート前の広場に出てみると、

←おばさん方がたむろしています。

この一番左の白い帽子のおばさん、街の近くのイナカから新鮮な牛乳や乳製品を毎朝売りに来ていて、牛乳やヨーグルト、馬乳酒などを一日タンク一杯限定販売、売り切れと同時に閉店してしまいます。しかも市場で買うより若干安い。

そんなわけで、私もこのおばちゃんから牛乳とヨーグルトをよく買っています。牛乳はちょっと乳臭いけど、新鮮でうまいです。ヨーグルトも程よい酸味があってクセになります。朝、食べるものがないときには茶碗に2杯ぐらいのヨーグルトをバカ食いしたりしてます。ちなみにこのヨーグルト、モンゴル語で「тараг(タラグ)」と言うんですが、 聞いた話によるとこのヨーグルト菌には底知れないパワーが秘められていて、一度にたくさん食べ過ぎると眠くなるという。(今までこれで眠くなったことはないけど)

で、このタラグがホントにうまいので、このウマいヨーグルトの味をなんとか残せないモンかと考え、ヨーグルト菌を培養するべく実験を試みました。


……つづく

別れの季節・その後

ワールドバザール21の「各国いまどき報告」のサイトに今月の記事が掲載されました。
以前、このブログで書いた卒業式の話。「つづく」と書いておきながら未完結のままになっていたんですが、その後の卒業イベントの話です。

http://www.e384.com/imadoki/37mongolia/index.html


↓↓ここから下は各国いまどき報告の続きの話です↓↓
↑↑↑できれば上のサイトを先に読んでください↑↑↑


ワールドバザールの記事は、卒業式のあとの卒業試験の話で終わっていますが、実は卒業イベントはこれで終わりではなく、去る6月9日に「卒業証書授与式」も行われました。

要するに、5月上旬に「卒業式」が行われ、その2週間後に「卒業試験」。で、さらにその2週間後に「卒業証書授与式」が執り行われたわけですが、正直「イベントの順序にまったくセンスが感じられない」と思うのは私だけでしょうか…。

「授与式」では、各学科の代表1人が壇上に上がって学長から直々に卒業証書をいただき、その後は学部室に入って学科ごとに担当教諭からディプロマと成績表が渡される、という感じで、わりと厳かに粛々とした感じの一日になるもんだと思っていたんですが……

5月の卒業式は全員参加。卒業生の家族親戚友人も大学に来ていたし、みんな派手な衣装を身にまとい、夜遅くまで宴が繰り広げられたのに対し、卒業証書授与式などは参加しない学生も多く、参加していた学生も、一応それなりにデールとかドレスなんかを着て正装で来てはいるものの、式が終わったあとに学部室でディプロマと成績表を受け取ると、「おつかれしたー」みたいな感じでサラッと帰宅。何の感慨もなく大学を去りました。
で、そのあと式に顔を出さなかった学生が普段と何も変わらない様子で私服で現れて、やっぱり受け取るモンだけ受け取って帰宅。翌日にはほとんどの学生が実家に帰省。

…みたいな感じです。感動もへったくれもありません。

なんか、わざわざ5月に卒業式をやる意味は一体どこに?ていうか、卒業式は一体何のためにやったんだ?と思ってしまいます。

女性は見ないで下さい

夏です。

天気が悪く、曇り空の日はそれでも寒いんですが、とにかく夏になりました。お陽さまが出て風がない昼間は半袖で出歩けます。

そんな中、こちらは無事に大学の後期試験も終了して成績もつけ終わり、長い夏休みに突入。そんなわけで先週、一年間おつかれさまでしたということで外国語学部の先生方と1泊キャンプに行ってきました。

街をはずれて草原を駆け抜け、道なき道を突き進むこと2時間。どこかの山奥の川沿いにテントを張り、夜通し肉を食ったり酒を飲んだりしたんですが、そのキャンプの初日、街から山奥まで行く途中の草原でのこと。

←こんな感じの見晴らしのいい場所にあるゲルで車を止め、学部長のダンナがここに住む遊牧民となにやら話し始めました。
「道でも尋ねてるんだろうか…」などと思っていると、このゲルの住人が近所(たぶん1キロぐらい離れたところ)に見えるゲルまでバイクを飛ばして行き、ヒツジを一頭持って帰ってきました。
どうやら、今回のキャンプの食糧として買ったようです。

そんなわけで、その場で羊を刺し殺して肉にします。

モンゴルに来て初めてヒツジを殺して肉にする現場を見てしまったんですが、あまり気分のいいもんじゃないですねぇ…。仰向けに押さえつけられ、初めは抵抗していた羊が腹を切り裂かれると抵抗していた足が徐々に弱々しい動きになり、やがて羊の息が荒くなったかと思うとその息もだんだん弱くなっていき、内蔵がブチュっと飛び出て4本の足が「くた〜っ」となっていく様子なんて、もう見るに耐えない映像でした。

で、その後は内蔵を取り出したり血を抜いたり肉と皮を剥いだり、ていう作業が続くんですが、真っ赤な血が飛び散り、草食動物特有の「緑の腸」が飛び出し…ていう感じのグロテスクな光景が目に飛び込んで来ます。

とゆーわけで、グロテスク度満載ではありますが、羊の精肉の一部始終を披露いたします。衝撃的なシーンが多いので、画像は縮小して掲載いたします。



1)二人がかりで前足と後ろ足を押さえつけて腹部を切開。
2)完全に息絶えたところで皮を剥いでいきます。
3)皮を剥ぎ終わったら、腹部の穴を広げて内蔵を取り出し、血を洗い流します。
4)で、のどを切り開き、食堂をズルズルっと引っ張り出したら、最後に首をへし折って頭をもぎ取ります。

ちなみに、モンゴルでは女性は家畜を殺すところを見てはいけないそうです。学部長の娘(3歳)も興味津々で見たがっていたんですが、見るんじゃねぇーっと怒られていました。
…でもね、女性でなくても正直こんな現場は見るもんじゃないですよ。特に最終工程の(4)なんかヒドいです。食欲なくなります。これを見たあと市場の肉売り場とか行くと「うえ…」てなります。

んで、この殺したての羊はこのままこの日の野営地へ持っていき、みんなでおいしくいただくことになるんですが、最終的にこんな感じになリました。

「肉のなる木」ではなく、表面を乾かしてるところです。

1095.75人のみなさんに感謝いたします

恥ずかしながら今日、6月8日は誕生日。34歳になりました。

大学の方は学年末試験も大詰めになり、すでに試験が終わった学生はちらほら田舎に帰省したりしているし、何より今日は日曜日ということもあるので、これといって特別なこともせずに過ごしました。

そんなわけで今朝、同じ街に住んでいる日本人のおじさんと、隣町に住んでいる協力隊員と3人で町の中心から10キロほど離れたところにあるキャンプ場まで歩いて行き、昼メシ食ってウダーっとしているところでキャンプ場の人に「泊まらないんなら帰れ」と言われたのでまた歩いて町まで帰り、んで夜はみんなで小パーティー。ていう感じのいたって平穏な一日でした。写真はキャンプ場へ行く途中の風景です。

ところでみなさん、今までに何人「自分と同じ誕生日の人」に会ったことありますか?

私の場合、これまで仕事やプライベートなどで関わりのあった人の中で3人、同じ誕生日の人がいました。
3人とも比較的最近の知り合いなんですが、1人はフィリピンで働いていたときの同僚の日本人教師、もう1人は同じくフィリピンで勤めていた大学の学生、そしていちばん最近の1人はモンゴルで同じ街に住んでいた協力隊員。というわけで、今までに計3名、私と誕生日が同じという人に出会いました。

で、私は根っからの文系、文化系人間なので「さんすう」の話は得意ではないし、この下に書いてある考え方が正しいかどうかというところは自信がないのですが、ここでトートツに「確率」の話をさせていただきます。

例えば「人間が一生の間に自分と誕生日が同じ人に出会う確率」はどれくらいのもんなのかと考えた場合、確率的に「自分を除いた365.25人の人」と知り合いになれば、その365.25人の中に一人は自分と同じ誕生日の人がいるという計算になるわけです。(…よね?)
もっとも、365.25人の知り合い全員が別々の誕生日ということの方があり得ないような気はしますが、まぁ、確率的にはそうなるだろうという話です。

…ということは、これを逆算すると、誕生日が自分と同じ3人の知り合いがいる私は、これまでの34年の間に1095.75人(3×365.25人)の人とお知り合いになった、ということになるわけです。

さらに、ここで「誕生日」というツールによって導き出された「1095.75人」という数字の立証を裏付ける根拠が実はもうひとつあって、私がこれまで知り合った人の中に「母と同じ1月1日生まれの人」が2人います。つまり、私の数少ない知り合いの中には1月1日生まれの人が母の他に2人、合計3人いるわけですから、やはり同じ考え方でこの「1095.75人の知り合いがいる」という話は俄然現実味を帯びてくるわけです。多分。

そんなわけで、34歳独身男性で1095.75人という数字が多いか少ないかはわかりませんが、考えてみれば同じ誕生日の人との出会いがあったのはここ数年のコトで、地元の商工会議所なんかでチマチマ働いていた頃までは同じ誕生日の人と知り合いになったことはなかったわけです。

ちゅーことは、仕事をやめて旅をしたり、バイトしながら学校に通ったり、日本語教師になって海外で働くようになったりしたことで人間関係も倍率ドン!ていう感じになったんではないかと思ってしまいます。
それと同時に、これまでの34年間というのは、この1095.75人のみなさまの支えがあってこそなんだということを強く感じるわけであります。

…と、「誕生日でした」という話だけすればいいものを何だかダラダラと頭の悪い話になってしまいましたが、こんな感じでこれからもこんなアホなことばかり考え続けていくのだろうと思いますので、これからもよろしくお願いします。

相撲取りのお兄さん

ひさしぶりにどうでもいい話なんですが…

子供のころから春と夏にはテレビなんかで高校野球をやっていて、やっぱり子供のころからそんなのを見ているので、20代半ばごろまでなんとなく高校球児ってのは「お兄さん」みたいなイメージで見てしまっていたという人、多いと思います。

…で、三十も過ぎればさすがに高校球児なんかはもうはるかに年下の、平成生まれの少年たちに見えるようになってはいるんですが、例えば「すもうとり」とか「野球選手」とかって、たぶん年下の割合がかなり高くなっているのにも関わらず、どういうわけかいつまでたっても年上の人に見えてしまっています。

モンゴルでは日本人が実年齢より若く見られるのと、日本人から見てモンゴル人が実年齢より老けて見えるのを差し引いて考えても、白鵬なんて私より10歳ぐらい若いのに年上としか思えない風格があるし、日本人力士にしても、たぶん現役力士のほとんどが私より年下なんだろうけど、みんなお兄さん、というかおっさんに見えてしまいます。

そんなある日、ウチの大学のコンピューターの先生の車に乗って草原を走っていたときのこと、

←人だかりに遭遇。

で、車を降りて近づいてみると…

←モンゴル相撲をやっていました。

んで、さらに近づいて………


負けて膝を付いているこの力士、よぉーく見ると私の教え子、モンゴル国立大学日本語学科3年生のバットトゥグス君でした。
子供のころから相撲をやっていて、そこから柔道なんかも始めたことがきっかけで日本語を学び始めたという彼、敗戦のショックでかなりテンション低くなっていたので、話しかけずにその場を去ることにしました。

それにしても、私よりひと回り以上も年の離れた学生なんですが……


カンペキにおっさんにしか見えませんでした。

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