シルクロードのバネ工場

ウズベキスタン、フィリピン、ベトナム、モンゴル、そしてシリアに渡った日本語教師のブログです

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

歩いて帰ろう(最終章・燕京号編)

10日間にわたる帰国のためのモンゴル中国南下旅行ですが、天津を最後にいよいよ中国を離れるときが来ました。
…というわけで、天津駅からバスで1時間半ほどの塘沽(Tanggu)という場所にやってきました。

で、塘沽の中心部からさらにタクシーで10キロほど走って「天津新港」へ。そして…


あれこれ必要な手続きをすませ……

←船に乗ります。
この船、「燕京号(ヤンジンごう)」といい、中国の天津と日本の神戸を結ぶ定期客船です。今回の日本一時帰国はいかにして安く、楽しく帰るかということを考えた結果、日本には船で帰るという結論に至ったというわけです。この船で天津から神戸まで50時間、2泊3日の船の旅の始まりです。
しかし、意外と日本人の利用客が多かったことに驚きでした。ざっと見た感じでは、中国人5、日本人4、その他の国1、て感じです。

そんなわけで、船内へ。
私が泊まったのは二等船室の共同部屋で、狭い船室に16のベッドが並んでいる経済的な船室です。一番安いのは板の間に20人ぐらいがザコ寝、という部屋もあり、この部屋は下から2番目のランク。それでも、テレビもあるし、エアコンも効いていて快適です。
ちなみに、二等客室は99パーセント中国人でした。つまり日本人は私だけです。他の日本人の皆さんは一等だとか特一等というもっといい部屋にお泊りになっていました。

そんなわけで船内をウロウロしてみると…
フロントも日本語対応でしっかりしてるし、
洗濯もできるし、
日本の自販機もあります。

もちろん、立派な食堂も売店もあるし、バーもあれば麻雀ルームもあり、至れり尽くせりの燕京号。 しかし、一番のオドロキは……、

「浴室」です。
もっとみすぼらしい「個室のシャワー」を想像していたので、これには吃驚しました。ちゃぁんとした湯船もあり、サウナまであり、ちょっとしたイナカの銭湯並みです。

そんなわけで燕京号が出航したあとは、なんとなく船内の共同スペースで中国映画のDVDなんかをボサーっと見ていたんですが……

突然、避難訓練が始まりました!
客人も全員強制参加です。やはり「ほぼ確実に死ぬ空の事故」に比べ、海難事故は一人一人が意識的に動けば助かる可能性は高くなるってことで、みんな真剣に船員さんの言うことを聞いています。

さらに夜には……


「燕京之夜朕歓晩会」と題し、燕京号スタッフ主催の歓迎会が行われました。その内容は、


乗務員のお姐さん方が客前でひとりづつカラオケを披露する、というものだったんですが、ホントにお姐さん方のカラオケだけで終わってしまいました。でも、なんかユルい感じがなかなか楽しかったです。ちなみに観客は99パーセント中国人でした。(日本人は私だけです。)

と、そんな感じのまったりとした船旅は続き……… 

 

天津を出港した翌日の夜10時に船内時間が中国時間から日本時間に切り替わり、深夜には関門海峡を通過、そして3日目の朝10時頃に瀬戸大橋の下をくぐり、瀬戸内海の島々を横目に見ながら船は東を目指します。

そして…

神戸に到着!

そんなわけでなかなか楽しい船旅でした。時間がある方はこの燕京号、ぜひご利用してみてください。
スポンサーサイト

歩いて帰ろう(中国・北京南駅編)

前回、北京と天津のオリンピックムードについて書きましたが、どちらの街もやはり近代化の波が押し寄せていて、どちらの街にも新機能を備えたピカピカの施設が設けられ、モンゴルの地方都市から上ってきた私のようなイナカ者には衝撃の連続でした。

そんな中、北京から天津まで列車で行こうと思い、8月1日の朝、天津行きの列車の発着駅である北京南駅に向かいました。

しかし……


駅前に警官隊が立ちふさがって駅への立ち入りが規制され、駅周辺には人だかりが…

…あれれ、こりゃどういうこっちゃ。もしかして列車出ないの?…でもオリンピック前だし天津のユースホステルも予約しちゃってるから今日中に天津行かなきゃいかんのだけどどうしよう……。
などと思いながら周りの中国人の様子をうかがっていると、どうやら北京南駅はオリンピックの開幕に向けて改修工事および新しい路線の導入をしていて、ちょうどこの日、8月1日に新装オープンすることになっているらしい。

で、その新装オープンに合わせて「和諧号」なる高速列車がこの日から運行されるという。
よく見るとマスコミの取材や中国の鉄道おたくと思しき人たちも多く見られます。

そんなわけで何となく駅前の人ごみの中でボサーッとしていると、やがて…

人混みが動いた!


で、その人混みに混じって駅の中に入ります。


構内は当たり前ですがピカピカです。しかも列車の駅らしからぬ空港のような雰囲気。切符売り場のお姐さんも親切応対で英語も通じるし、それでも窓口で買うのはちょっと…というシャイなあなたのために券売機もあります。すごいです、北京南駅。期せずして「北京南駅利用者日本人第一号(たぶん)」になってしまい、中国に入って一番コーフンしています。


そんなわけで切符売り場に並んで切符購入。そして…


改札を抜けていよいよ乗車。外観も車内も日本の新幹線とほとんど変わりません。


しかも各車両に乗務員のお姐さんが付いていて、ドリンクサービスやゴミ回収などしてくれます。 ちなみにこの日私が乗ったのは58元(1000円弱ぐらい)の二等座席です。二等でこの快適さということは、一等になるとどうなってしまうんでしょうか…。
サービスの質も向上してるし、そのサービスを受ける人々もそれなりに増えて始めているということで、ここへ来て、いよいよ中国が急成長している要因が徐々にわかってきましたよ。

そんなわけで、これまで普通の列車で1時間半はかかっていた北京から天津への鉄路ですが、わずか30分で天津に到着。天津駅もまた「これが中国か!?」と見まごうばかりにキレイでした。

そして………


つづく

歩いて帰ろう(中国・オリンピックムード編)

まだまだ続く中国旅ばなしです。

国境の町、二連を離れた翌朝、バスは北京に到着。二連の都会ぶりにソワソワしてしまった自分が恥ずかしくなるくらいの都会です。当たり前ですが…。
んで、この大都会北京に2泊した後は天津に向かったんですが、こちらも北京に並ぶ都会でした。

そんなわけで、北京と天津に関しては時系列で書いてもおもしろくないので、まとめていろいろ書いていこうと思います。

と、ゆーわけで…、北京といえばまずタイムリーなところでオリンピックの話です。

当たり前ですが、北京の街はオリンピック一色。街中のいたるところにオリンピックデコレーションが施されていて…、

天安門広場もこんな感じだったし、人が集まりそうなところはことごとくオリンピックな感じでした。

この時点で北京は7月末。せっかく北京まで来たんだし「鳥の巣」の外観ぐらいは見ておこうと思ったけど、なんかアクセスがめんどくさそうな感じだったのでやめました。

街の様子はというと、当然ですが8年前に訪れたときと比べてキレイになってるし、公衆トイレも増えてるし、あちこちにオリンピックのインフォメーションブースも設けられ、ボランティアTシャツを着た人たちがウジャウジャいました。

話題の「美女軍団」もいいけど…

個人的にはこんな感じのボランティアおばちゃんの方がなごみます。 まったくボランティアする気ありません。

私のような貧乏人が、オリンピック開催直前に開催都市を訪れるなんてことはこれが最初で最後だろうということで、オリンピックムードを欠片だけでも満喫することができて、なかなか楽しかったです。

…んで、そんな北京を離れ、今回の旅の最終目的地である天津へ行ったんですが、天津はサッカーの会場にもなっているということもあり、北京ほどではないにしてもやはりオリンピックムード満載でした。
そんわけで天津に到着した翌朝、街に出ると……

人だかり

この日、偶然にも天津で聖火リレーが行われるらしく、私も人ごみにまじって見物することにしました。


警官隊の厳重な警備の中、はるか前方でカラフルな総タイツを身につけた美女軍団がスタンバイしています。

やがて、前方の人だかりから歓声が上がり、美女軍団も踊り始めました。でもよく見えません。

「加油!中国!! 加油!中国!!」

そして……

終了~。
肝心の聖火リレーは全然見えませんでしたが、なんとなく盛り上がってるような感じだけはわかりました。

……そんな感じでオリンピック一色の北京と天津でしたが、開幕直前の8月4日に中国を出国。神戸行きのフェリーに乗船しました。
というのも、北京も天津も8月中は宿という宿はすべてオリンピックスペシャルプライス。私のような貧乏人が泊まる安宿ですらオリンピック価格になってしまい、普段は30元(500円ぐらい)で泊まれる宿が150元! ……げにおそろしき中国商魂。

と、ゆーわけで……


つづく

歩いて帰ろう(中国・二連浩特編)

前回の続きです。

エルデネットから列車に乗ってモンゴルを南下し、国境の町のザミンウードから中国に入国し、中国側の国境の町、二連浩特(エレンホト)に到着。

モンゴル側の国境の町、ザミンウードが……

こーんな感じの荒廃ぶりだったので、二連もまた同じような砂漠のド田舎なんだろうと思っていたんですが…


とーんでもない大都会でした。

直線距離にして2~3キロ程度しか離れていないというのに、国境をまたぐだけでここまで雰囲気が変わるもんなのかと面食らってしまいました。
ハッキリいって、ウランバートルより都会な感じ。それでいてUBのような混雑もないし、空気もきれいだし…
おしゃれなショッピングセンターもあるし
夜の町もほどよくキレイです。

そして何といってもこの二連という町、モンゴル人商人が足しげく通って商品の買い付けなんかをしています。中国でも内蒙古自治区ではモンゴル語が話されているので、モンゴル人も何不自由なく滞在できるんですが、内蒙古でのモンゴル語表記はキリル文字ではなく、縦書きの古代モンゴル文字が使われています。しかし、この町はやはりモンゴル人が多いということで、町中の商店などの看板を見てみると、中国語、キリル表記のモンゴル語、縦文字のモンゴル語という3種類の文字が書かれていて、なかなか面白いです。
やはりこの街からモンゴル国内全域に物が流通してるので、当たり前と言っちゃ当たり前なんですが、モンゴルに比べて物も豊富にあります。

そんなわけで市場なんかに行くと、商品を大量に買い付けているモンゴル人がウジャウジャしていて、同じ列車に乗って国境まで来た人や、ウランバートルで列車の切符を買うときに一緒に切符売り場に並んでいた人にもたくさん会いました。

ここで買われた中国製品がモンゴルに入り、そして我々のようにモンゴルで生活している人々の手に渡る。そしてすぐに色あせ、壊れていく……、というわけです。

まさに「ヒト、モノ、カネ」が交錯する交易都市、二連。想像以上に楽しい街です。基本的に「中国」なので、

こんな感じのわかりやすい注意書きもあります。

…それにしても、モンゴルから国境ひとつ越えればこぉ~んなにも鮮やかな都市がきらびやかに繁栄し、男が働き、女がそれを支え、若者たちが国のため自分のために勉学にいそしんでいるというのに、モンゴル人は一体何をしているんでしょうか…、という気持ちになってしまいます。

モンゴルでは大多数の人が中国や中国人を嫌っていて、街や職場や酒の席などで中国人の悪口をよく聞きます。しかし、そういえばこれまでのモンゴル生活を振り返って考えてみると、「外の世界を知っている人」や「知らずとも外に目が向いている人」なんかから中国に対する悪態は見られなかったような気がします。
そしてこの二連で買い付けをしているモンゴル人を見ていても、中国人(ていうか内モンゴル人)と実に楽しそうに商売をし、モンゴル人が中国人を、中国人がモンゴル人を手伝い、手助けをし、お互いがお互いを尊重し合っているように見えました。

そんな中、モンゴルの小さな村社会でろくに働きもせず、飲んだくれては中国人の悪口を言っているモンゴル人に言いたい。

「あなたが着ているその服も、酒を飲むのに使っているそのグラスも、肉を食べるのに使っているそのナイフも、おしゃれだと思ってかけているそのサングラスも、モンゴル人の生活の中にあるモノというモノのほとんどは中国で作られ、それをモンゴル人が買い付け、国境を越えてモンゴルに入ってきたモノなんですよ。言いたいことがあるんなら、いっぺんでも自分の足で中国来てみろやー」………と。

そんなわけで、この二連が意外と居心地がよくて2泊もしてしまいましたが、モンゴルを出て二連入りした翌々日、北京行きの夜行バスに乗り込んで北京に向かうことにしました。


夜行バスの車内はこんな感じで座席はなく、小さいベッドが並んでいます。

そして二連を離れ、バスは一路北京を目指すわけですが、二連の郊外に広がる草原に目をやると、あちこちに恐竜のオブジェが雑然と並んでいます。「恐竜の郷」とも呼ばれる二連、なかなか遊び心もわかってらっしゃいます。
と、ゆーわけで………


つづく

歩いて帰ろう(モンゴル・国内移動編)

モンゴルの夏休みの話です。

モンゴルの学校は6月中旬から8月末日まで夏休み。学生だけでなく、先生方も仕事がなく、給料も支給されなくなってしまうので、学生も先生もこの休み中はバイトをしたり実家に帰省したりと、思い思いの夏休みを過ごします。

そんなわけで、私もこの夏に日本へ一時帰国することにしました。

ただ、フツーにウランバートルと東京の間を飛行機でピュッと飛んでも面白くない。というわけで、今回の一時帰国は「歩いて帰ろう」というテーマを掲げ、時間をかけてモンゴルから陸伝いに日本に近付いていくことにしました。

行程としては、エルデネットを出発してウランバートルへ。さらにそこから南下して中国との国境の町ザミンウードへ。んで、陸路で国境を越えて中国に入り、国境の町(中国側)の二連浩特、北京を経て天津まで行き、天津から船で神戸へ。…ていう感じ。

そんなわけで7月25日の夜、列車でエルデネット出発し、まずはモンゴルの首都、ウランバートルを目指します。

この日の夕方、強烈な夕立が降ったこともあってか、列車の窓から見える草原に虹がかかっていました。写真に収まらないくらいの大きな虹が、何もない草原に見事なまでの半円を描きます。列車の二等座席も想像以上に快適だし、なかなかいい旅になりそうな予感。


そして翌朝…

ウランバートル到着。

…が、ウランバートルでは友人知人も都合が合わず、特にすることも見るところもなかったので、列車到着後すぐに次の町へのチケットを取ってその日の夕方にまた列車に乗り込み、中国との国境の町、ザミンウードを目指します。

やはり列車は快適です。
同乗したモンゴル人の「ジャイアンとスネ夫(右写真)」もゴキゲンで、楽しい旅になりました。
しかし、ウランバートルからザミンウード間は、中国へ買い付けに行くモンゴル商人で大混雑しているので、一番安い座席しか取ることができませんでした。列車内で一晩過ごしていると、座席が砂まみれになってしまいます。髪はガサガサ、顔もザラザラの状態で、翌朝、モンゴルと中国国境の町、ザミンウードに到着します。


中国製品を買い付けに行くモンゴル商人をはじめ、中国モンゴル間を陸路移動する旅行者、モンゴルで学ぶ中国人留学生や中国で学ぶモンゴル人留学生など、多くの人がこの駅を利用し、中国モンゴル間を往復しているので、駅舎も立派でキレイ。さらに、駅前の商店やタクシーなどを見ると中国語表記がされていて、いよいよ中国が眼前に迫ってきていることを実感します。

しかし…

立派な駅舎や駅周辺の喧騒とは裏腹に、町はかなり荒廃しています。なんか「北斗の拳」に出てきそうな感じの町並みで、モンゴルらしい草原の風景は見当たりません。天気が悪く風が強かったというのもあるんでしょうが、この荒廃ぶりはやはりゴビ砂漠の一部という感じです。

町のメインストリートにたたずむラクダ像も、心なしかお疲れの様子です。 (特にコブのあたりが)


…で、私の教え子の中に、このザミンウード出身の学生がいるので、当初はザミンウードに一泊し、その学生にこの町を案内してもらおうと思っていたんですが、この町はホントに何もなさすぎる。1時間もグルグル歩きまわったら充分町を見て回ることもできてしまったので、早々に中国に入ってしまうことにしました。

とりあえず、モンゴルを出国する前に、これから当分モンゴル料理も食べられなくなるだろうということで、駅前の食堂に入ります。
…と、食堂に入ったところで食欲をそそられるメニューがないのがモンゴル料理の悲しいところです。しかも、その中から百歩譲って食べたい料理を選んでも、「ない」と言われてしまうのがまたモンゴルの食堂の悲しいところですが、とりあえずあるものを注文。モンゴル料理との別れを惜しみつつ、朝食終了。

とゆーわけで、ザミンウード駅前から中国、二連浩特(エレンホト)行きのジープに乗って国境へ。

無事、中国に入国しました。そして…


………つづく。

FC2Ad

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。