シルクロードのバネ工場

ウズベキスタン、フィリピン、ベトナム、モンゴル、そしてシリアに渡った日本語教師のブログです

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モンゴル人はツメが甘い

モンゴル人の詰めの甘さについて書かせていただきます。

私が勤めている大学は、街の中心から少し離れた場所にあります。
フツーに歩いて30分ほどかかるんですが、アパートが建ち並ぶ市の中心部を離れるとゲルが点在する集落に突入し、そのゲル地区の中に3階建ての大学の建物がそびえ立っているような格好になっています。

私がモンゴルに来て丸一年が経ちますが、そのゲル地区なんかを見ていると、時代とともに民家のスタイルも変わりつつあるようで、昔ながらのテント型のゲルの他にも、木を組んで作られたログハウス風の建物なんかが多く造られています。さらに最近は、右の写真のようなレンガ造りのおしゃれな建物なんかもちらほら見られるようになってきました。

私なんかから言わせていただくと、今もなおゲルでの生活を営んでいる人だとか昔ながらの遊牧生活を送っている人なんかは尊敬に値するような気もするんですが、この情報化の時代に海外の生活様式なんかを比較的容易に知ることができるようになってしまうと、やはり「先進国のように文化的な暮らしがしたい」と思うモンゴル人は多いのでしょう。

で、そんな風に徐々に様変わりしつつあるモンゴルの民家を横目に見ながら毎日出勤しているんですが、ここでトートツに話題を変えてしまいます。

私が勤めている大学では、教員に対して仕事に欠かせないこんなアイテムが支給されています。

「багшийн ажилын дэвтэр(ばくしぃん・あじりん・でふてる)」
直訳すると「教師の仕事のノート」なんですが、まぁ早い話が「出席簿」です。

フィリピンで働いていたときなんかも大学から出席簿がもらえてはいたんですが、そのときは文房具屋なんかで売ってる市販の物でした。が、モンゴルでは大学が出席簿を独自で作っていて、これがただの出席簿だけにとどまらず、校章が印刷された表紙をめくるとまず今年度のカレンダー及び時間割記入ページに始まり、科目別に出席及び授業内容、宿題や課題の内容及び結果、小テストの点数が記録できるページがあり、もちろん学期末の成績も計算できるし、最後には白紙のメモページもあって、モンゴル人が作ったにしてはなかなか機能的、帰納的な一品に仕上がっています。

しかし、今年度用に大学から配られた出席簿を見ると…


1ページにつき、チェック欄が15列あります。
つまり、1ページで「授業15回分の出席」を記録することができるんですが、これが実に「惜しい!」と言わずにいられないわけです。

というのも、私が勤めている大学では、ひとつの科目は1学期間に32回の授業が行われます。ということは、15回授業をやって出席簿が1ページ埋まったら次のページを埋めていきます。で、2ページ目も15回授業が終わった時点でチェック欄が全て埋まってしまいます。つまり、2ページ分使い切った時点で、授業は30回行われたという計算になります。しかし、1学期間の授業回数は各科目とも32回。……つーわけで、3ページ目に出席の記録を記入し始めたところで、そのページはたった2回の授業のためだけに使われてお役御免となってしまいます。

そんなわけでこの3ページ目が実にモッタイナイというわけで……


16回目の授業の出席は「欄外」でチェックするハメになってしまいます。
でも、これなら1ページで16回分の出席を記録することができるので、2ページで32回。ちょうど2ページ使い切ったところで1学期終了となるわけです。

…という感じで、実に惜しい作りとなっているこの出席簿、今年も9月の新学期から新しいのを使い始めているんですが、今年度版ではこの出席簿がさらにありえない珍プレーを見せてしまっています。

最初のページに掲載されている2008年のカレンダーですが、9月のカレンダーを見てみると………

「!!!」
……これを作る過程のどこかでだれもこのミスに気付かなかったんでしょうか…。ちなみに10月のカレンダーは何事もなかったように10月1日が水曜日から始まっています。

こんな感じでモンゴル人が作る物は往々にしてどこか「詰めが甘い」と思ってしまうような物があるんですが、ここで再びこのレンガ造りの家の写真をご覧ください。


この家をよぉーく見てみると………


か、階段がぁ…

「支柱」とかいうものが脳裏によぎることもなく階段を造ってしまったがために、階段が真ん中からキレイにポキッと折れてしまったようです。
……つくづく「モンゴル人はツメが甘い」と思ってしまいます。

…と、こんなことを書きながらふと自分の部屋のカレンダーを見てみると………


10月が………


9月30日が火曜日で終わってるのに、10月1日が日曜日になってる!!

どうやら6月のカレンダーにつられてしまったらしい。


……やっぱり、モンゴル人はツメが甘いと思わずにはいられません。しかし、これがモンゴルクオリティです。とりあえず10月どーしてくれるんじゃ。
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お金で買えないもの

気付けばかなり長いこと更新していませんでしたが、この3週間ぐらいはなかなかブログを書いてる時間もないほどバタバタと忙しい日々を送っていました。

というのも去る9月1日、わがモンゴル国立大学オルホン分校にて入学式が執り行われ、新入生を迎えての新年度が始まりました。(写真は入学式の様子です)
で、このたび晴れて入学した1年生、日本語学科の場合、通常は「英語」とか「モンゴル史」みたいな一般教養科目と「文法」「会話」「漢字」「音声学」といった日本語専門科目を履修しているんですが、このうち私の担当科目は「会話」と「音声学」の2科目。しかし、日本語の知識が何もない1年生が日本語学習を始めるにあたって、少なくともひらがなとカタカナを全部覚えてしまわなければ文法も漢字も教えられない。
というわけで、新学期が始まって2週間ほどは1年生の日本語科目の授業が行われるすべての時間に私が教室に入り、ただひたすらひらがなとカタカナを教え、それに加えて本来私が担当している2年生以上の授業もやっていたので、まさに授業マシーンと化してただひたすら授業をする日々が続いておりました。

そんなわけで、今期の私のスケジュールは1週間に12~13コマ。それがこの2週間は1年生の授業も全て見ていたので週に16コマ。90分授業を1週間に16コマは結構キツいです。朝イチ(8時半)から休みなく4コマ連続の日とかもありました。正直しんどかったです。

さらに、それと併せて昨年度の学年末試験で単位を落とした学生の再試験も重なり、しかもその再試験というのが通常の授業が終わった夕方から始まるので、ひどいときは8時半から休みなく教室に入り、授業が終わったら7時過ぎまで大学に残って試験、とか、大学が組んだ再試験の予定に従って日曜日も試験のために出勤、みたいな日々を送っていました。

が、この再試験というのが実は問題があり、単位を落とした学生全員が強制的に試験を受けるわけではなく、希望者が試験料を払って受けにきます。

…で、実際に試験をしてみると軒並み出来が悪い。

「こんなんでよくもまぁ金払って試験受けにくるよなー…」などと思っていたんですが、ここで再試験期間が始まる前に言われた言葉を思い出してはたと気付きました。

その言葉とは…「来週から再試験があるので準備しておいてください。学生は試験料を払って試験を受けるんですが、その試験料の中からいくらかは先生ももらうことができます。ホントに全然できない学生は不合格にしても大丈夫です。じゃ、よろしくお願いしますね。」

…ていう感じだったんですが、この再試験の試験料というのは1科目につき5000トゥグルク。個人的には「1科目だけの試験料にしては結構高いよな」と思える額。5000トゥグあれば食堂なんかで3回ぐらいメシ食えます。
で、その試験料が大学の会計に入り、そのうちのいくらかが教師の臨時収入となる。でもって、目も当てられないほどひどい結果を出した学生は不合格にしてもいい。……というわけで、早い話が「学生たちは形式的に試験を受けてはいるが、基本的には落とした単位を金で買っている」というわけです。

なんだかんだと成長しようと頑張っているモンゴルですが、田舎の片隅の国立大学ではいまだ悪しき慣習が残ってしまっています。こうして苦もなく単位を修得して社会に出て行く学生たちにはどんな未来が待っているのかな。(出資する親にとっては“苦”なのかもしれませんが…)

…と、そんな感じでバタバタしていたこの3週間ほどですが、なんとか新入生たちも私の手を離れ、仕事の方も落ち着き、しばらくはまた平穏な生活に戻ると思います。

走って戻ろう

そんなわけで、モンゴルから中国へと南下したのち、天津から船に乗って日本にたどり着いたわけですが、いよいよ8月も終わりに近づき、モンゴルに戻る日が来ました。

…といっても、これまた東京からウランバートルまで飛行機でピュッと飛んでしまっては面白みというものがない。そこで、帰国時と同じように中国からモンゴルへと北上し、エルデネットに戻ることにしたんですが、9月1日には大学が始まってしまうのでのんびり旅をするわけにもいかず、急いで戻らなければいけません。

と、ゆーわけで、モンゴルから日本に一時帰国する際に「歩いて帰ろう」というテーマのもと、2週間かけて旅したルートですが、今度は「走って戻ろう」のテーマを掲げ、1週間以内に逆走するという旅程を組みました。
行程としては、時間がかかる船は使わず、北京まで飛行機を利用。そっからバスで二連へ行き、陸路で国境を越えてモンゴルに入り、列車でウランバートルへ。ウランバートルからバスでエルデネットまで行くというもの。これなら最短で4日あれば日本からエルデネットまで行ける計算になります。

しかし……日本からモンゴルへの逆走を始めたとたんにいきなりつまずいてしまいます。

8月25日、成田から北京行きの飛行機に乗るその日の朝、前夜のゲリラ豪雨の影響で東海道線が熱海~小田原間が運行されないという事態が発生。で、JRの人が言うには「東海道線でまっすぐ東京を目指すのは無理だけど、沼津駅で御殿場線というローカル線に乗り換えて、国府田まで行けば、そっから東海道線に合流できる」という。(右図参照)

が………

沼津で御殿場線に乗って御殿場駅に着いてみると、次の国府田行きは1時間後。恐るべし超ローカル線…。
しかし、ここで駅員さんを恨んでも何もなりません。ましてや途方に暮れて「ぶらり途中下車の旅」などしている場合ではありません。飛行機は離陸の時間を待ってはくれないので、一刻も早く成田に向かわなければいけません。

そんなわけで…


乗ったよ高速バス……想定外の出費しちまったよ……(御殿場~横浜1600円)

…で、無事、搭乗手続きが始まって1時間後ぐらいにようやく成田空港に到着。

こちらも雨の影響で飛行機の出発が1時間ほど遅れたものの、無事、オリンピック終了直後の北京に到着。
日本帰国前に立ち寄ったときはオリンピック一色だった北京の街ですが、今度はパラリンピック一色になっていました。

というわけで、この日は北京に一泊。

翌8月26日、夕方発の夜行バスに乗車し……


その翌朝、8月27日に中国とモンゴル国境の町、中国側の二連浩特に到着。


…んで、予定では二連に着いてすぐモンゴルに入るつもりだったんですが、バスの到着が早すぎたため、国境ゲートがまだ開いていない。ということで、7月にモンゴルから二連に入ったときに泊まった宿にあいさつに行くと……


「まぁまぁ、そんなに急ぐなよ」と引き止められてしまい、結局、二連に一泊しちゃいました。

…で、その翌日の8月28日、無事にモンゴル再入国。

その日のうちに夜行列車に乗り、8月29日の朝にウランバートル到着。ウランバートルではどこにも寄らず、駅からまっすぐバスターミナルへ行き、エルデネット行きのバスに乗車。

というわけで……


予定より1日多い4泊5日の旅を経て、1か月ぶりに我が街、エルデネットに戻ってきました。

そんなわけで、モンゴル2年目の始まりです。

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