シルクロードのバネ工場

ウズベキスタン、フィリピン、ベトナム、モンゴル、そしてシリアに渡った日本語教師のブログです

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たまごとにく・後編

お待たせしました。

先週末あたりは仕事の方が忙しくてなかなか新ネタを書くことができませんでしたが、前回、中途半端なところで終わってしまった卵と肉の話の続きです。

給料が倍になってなんとか人並みの生活ができ、金持ち日本人の面目躍如(?)できるようになったわたくし。
極貧生活をしていた昨年度、ただでさえモンゴルで手に入る食材は少ないというのに、その中で買える食材も限られていたので、自分ちで料理するときなんかもキャベツとタマネギとジャガイモがおかずのメインでした。でも、そのおかげで限られた食材で工夫する腕はメキメキ上がっていろいろ作れるようにはなったんですが、さすがにそれも1年続ければ飽きてきてしまいます。(小麦価格高騰の波紋・その後(08年5月29日更新)参照)

で、そんな中で登場する“たまご”ですが、「卵ひとつでここまで味に深みが出るモンなのか」と、まるで人類史上初めて卵を食べ始めた人のような感動を覚えてしまいました。

さらに“にく”については、どかっと肉のかたまりを市場で購入します。たいてい1回で500グラムぐらい、それでもやはり鳥やら牛なんかの高い肉は買えないので、たいてい一番安い馬肉か手頃な羊肉を購入。


で、買った肉は握りこぶしの半分ぐらいの大きさに小分けして冷凍保存。さらに脂身も別にして冷凍保存して、必要なときに必要なものを必要な分だけ解凍して使えるようにしておきます。

…でもね、これまで1年も「肉なし生活」を続けていたので、実際に肉を買ってもなかなか使わないんですよねー。500グラムの肉のかたまりを買っても、気が付いたら全然使わないまま1か月ぐらい冷凍庫で眠ったままになったりしてます。そんなわけで「肉を買えるようになった」とは言っても、実際、9月からいままでの間に肉を買ったのって、2回だけなんですよねー。

でもでも、肉と卵が買えるようになったことで
揚げものなんかも作れるようになりました。
ただし、ここで使っている「パン粉」は、食パンを切ったときに落ちた「パンくず」を何か月もせっせとかき集めた「貧乏パン粉」なんですけどね…。

さらに…
卵や肉に限らず、市場に行って気になるモノを見つけたとき、去年までは「値段だけ聞いて結局買わない」というパターンがほとんどだったんですが、最近は「躊躇しながらも買える」ぐらいになりました。

そんな中、先日も市場でこんなものを見つけてしまい、思わず買ってしまいました。

でっかいシシトウか、はたまためちゃくちゃでっかい唐辛子か、それとも単に細長いピーマンなのか…。

とりあえず青椒肉絲を作ってみました。

さらにさらに、
ご覧の通りのショウガとセロリです。

調子に乗ってたくさん買いすぎてしまったので、ショウガを甘酢漬け(ガリ)にして、セロリをピクルスにしてみました。これがあればご飯何杯でもいけます。

そして先日、遂にこんなのも買っちゃいました。

思わず記念写真を撮ってしまいたくなるほどの一品。最近、エルデネットでも売られるようになった「キッコーマン醤油」です。でもこれはホントに高いので、1週間ぐらい買うか買わないか考えた末、思い切って購入しました。おそらくモンゴルに来て一番贅沢な買い物です。これ一本4500トゥグルク(450円)ぐらいします。たぶんこれを使い切ったあと、このボトルの中にはいつも使っている安い中国醤油が入ることになると思われます。

そんなわけで、去年とは比べ物にならないほど冷蔵庫の中も充実し、ようやく日本人として文化的な食生活が送れるようになっています。



たいしたオチもないどうでもいい話を長々とお読みくださってありがとうございました。

あ、ついでに、ワールドバザール21の「各国いまどき報告」にも新しい記事が更新されているので、時間があったら読んでみてください。
時期的に面白いネタもなかったので、夏に中国へ行ったときの話です。
http://www.e384.com/imadoki/37mongolia/index.html

…おしまい。
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たまごとにく・前編

ここ最近、というか、ここ半年ぐらいの記事を振り返ってみると、やれ「米が高いので自分でパンとかヨーグルトを作ってる」だとか、「ピーマンが高いから栽培してる」だとか、「寒さこらえてマフラー編んでる」だとか、どうにもしみったれた貧乏エピソードばかりだということに気付いてしまったので、今日はちょっと景気のいい話をしたいと思います。

それは、さかのぼること2か月半ほど前。今年9月のことです。
今学期最初に大学に出勤した際、外国語学部の学部長からこんな付箋メモを渡されました。

277,200 →
 318,800T + 30,000
           313,920T//

パッと見てもこの数字が表すものは一体なんのこっちゃわからないと思いますが、恥ずかしながらこれ、私の今年度の給料、です。
上の付箋メモの数字を解説する前に、私がモンゴルへ来た去年の9月からの1年間の私の待遇についてザッと話をすると、住居及び必要最低限の家財道具と光熱費は大学負担で、月々の給料は120USドル(150,000トゥグルク)。ただし、その給料から10パーセントの所得税を引いた額が支給されるため、月々の手取り額は135,000トゥグルク(=13,500円)でした。

で、この額というのが実は一般的なモンゴル人(というか、少なくとも一緒に働いてるモンゴル人の先生方)の平均賃金の約半分であり、さらに言うとモンゴルの最低賃金並み、だったのです……。

それでもまあ「住む所」と「光熱費」は大学に出してもらってるし、生活の中で必要な家具なんかは大学の担当者に3回以上言えば買ってもらえる(しつこく言わないと買ってもらえない)し、給料安くてもなんとか生活できてるから別に不満はなかったんですが、1年働いて2年目に突入したこの秋、ついに給料が上がったというわけです。

んで、9月の新学期に大学へ行くと、「先生は去年とても頑張っていたので、給料が私たち(モンゴル人の先生方)と同じになりましたよ」という報告とともに登場するこのメモ……

277,200 →
 318,800T + 30,000
           313,920T//

【解説】
・昨年度、モンゴル人の先生たちの基本給は「277,200トゥグルク」でした。
・それが、このごろの食物価格高騰などで「318,800トゥグルク」に昇給しました。
・んで、さらに交通費として「30,000トゥグルク」がプラスされます。
・ほんでもって、コピー用紙とか教材費とかの必要経費と所得税を差し引きます。
・で、最終的な手取額は「313,920トゥグルク」です。
……という計算になっているようです。(1トゥグルク=0.1円で計算してください。)

去年の手取額、135,000トゥグルクから313,920トゥグルクと倍以上の額に大幅ジャンプアップ!こいつぁすげー、と狂喜乱舞してしまいたくなるトコロですが、冷静に考えると「最低賃金だったのが平均賃金になっただけ」です。

でも、去年はその「最低賃金」でやりくりして生きていたわけで、それが倍になったわけですから、いままでまったく買えなかった贅沢品なんかも買えるようになりました。

その贅沢品とは……


…恥ずかしい話です。ご覧の通りの「卵と肉」です。
去年は卵を買ったのも片方の手で指折り数えられるくらいで、それも前日から「明日は卵を買おう」と意を決し、「えいやっ」と市場に入って買っていました。
そして肉を買ったのは1年でたった2回、「ちょっと風邪気味かも」と思って馬肉を買ったときと、「誕生日だから贅沢しよう」と思って鶏肉を買ったときだけです。

1年に2回しか肉を買わないなどということは、肉食のモンゴル人には考えられない驚愕の事実で、先日、そのことを学生に話したところ…、

「モンゴル人にとって、肉がない料理は貧しいです。
……あ、まちがえました。肉がない料理はまずいです。」

…と、本気で間違えたのかイヤミを言われたのか、どっちともとれるセリフを吐かれてしまったほどです。
でも、最近は買いたいときに肉も卵も買えるようになりました。
肉はともかく、常に卵が冷蔵庫でスタンバってるという生活に幸福を感じてしまうというのもめったに味わえるもんじゃありませんですよ。たぶん。

しかし………


長くなりそうなのでつづく

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もうひとつの冬支度

ついに………

←完成しました!
手編みのマフラーと帽子デス。
今年の冬のパートナーは自分の手で編み込んでみました。

先日紹介したプチ家庭菜園のように、今年は夏から少しずつ冬の準備を始めていて、この手編みのマフラーもそのうちのひとつでした。

というわけで、まずマフラーを編み始めたのが7月初めごろ。

どこへ行くにも毛糸と編み棒を荷物の底に潜ませて、


夏の間は行く先々でヒマを見てはマフラーを編み、


フブスグル湖の湖畔でもマフラーを編み、
たまたま通りかかった欧米人旅行者に「AMAZING!」などと言われつつ、


日本への一時帰国の船の中でも編み続け、
同乗していた日本人のマダムに「すごいわねぇ~」などと言われたりして、


夏の暑い最中、一時帰国中の日本でマフラーはほぼ完成。

…で、モンゴルに戻って市場で毛糸を買い足し、今度は帽子作りが始まりました。


……実は、わたくしと編み物の歴史は15年ぐらい前にさかのぼります。
当時大学生だった私、ある日、大学の美術部の後輩との会話の中で、1人の後輩が何気なくこんなことを言いました。

「……でも副長(←当時の私の呼び名、美術部の部長と副部長を兼任したりしてたので)はいいっすよねー。編み物とかできるから、気に入ったデザインのがなかったら自分で作れるし…。」

……さも「当然できる」かのようなサラッとした言いっぷりに、当の本人である私が一番ビックリしてしまいました。というのも実はこのとき、私は編み物などできなかったし興味もなく、過去をさかのぼってこの後輩と「編み物」について激しい議論を交わしたことなどももちろんなかったし、ましてや出来もしない編み物を「できるんだゼ」などと意味もなくうそぶいた経験もなく、とにかく何がどうなってこうなったのかわかりませんが、この後輩の中で私はいつのまにか「編み物ができる人」だと思われていたようです。

自分で言うのもナンですが、もともと手先が器用でいろいろなことをソツなくこなす人、と思われるフシはあったので、そんなイメージが一人歩きした結果、当然編み物もできると思われていたのではないかと思われます。

そして、若き日の私は何となく考えにふけり、「言ってもないのに編み物ができると思われているということは、私の言動のどこかに編み物ができると思わせてしまう要因があったのではないか。それならできると思われていることはできるようになっておいた方がいいんじゃなかろうか……ていうか、できると思われてることは、できても“普通”だなぁ…。でもできなかったらかっこわるいよなぁ…。」などとアホな思考回路が働いた結果、何となく編み物ができるようになりました。

………が、もともと冬でもマフラーだとかニットの帽子なんかを着用するのはあまり好きではなかったので、そのスキルも眠ったままになっていたんですが、去年、モンゴルの冬を経験する中で、生まれて初めてマフラーを購入。しかし、こっちで売られてるマフラーはあまりいいのがなく、それなら今まで眠っていた編み物のスキルを活かしてやろうじゃないか、というわけで、今年は自分でマフラーと帽子を編んでみました。

というわけで………


人間、何でもやってみるもんですねぇ…。

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犬も歩けば棒にあたる

久しぶりにシゴトの話です。

ある日の夕方のこと、その日の授業を終え、眠気と闘いながらボサーッとした顔で宿題のチェックやら小テストの採点なんかをしているところに、日本語学科4年生の学生たちがやってきて……、

「先生、日本語の教室の壁に“日本のことわざ”を書くことになったんですが、協力していただけませんか」…と。

で、教室へ行ってみると、準備万端とばかりにスプレーのラッカーをカシャカシャと振る学生の姿。
恐れ多くも教室の壁に直接スプレーを吹きかけて日本のことわざを書き、それをまぁ言ってみれば未来永劫残していこうということらしく、他のモンゴル人の先生も許可してくださっているという。

そんなわけで学生たちにどんなことわざを書けばいいかと尋ねたところ、学生たちは「待ってました」とばかりに全員声を合わせて

「犬も歩けば棒にあたる」と即答。

………いやいやいやいや、ちょっと待って。

(イメージ図)

これはこれで面白いっちゃ面白いんだけど、こんなおマヌケな教室でエラそうに講釈たれる先生いねーだろ。……とばかりに私が反対すると、学生たちも軽くふてくされて「…じゃあ、先生にお任せします。」

というわけで、私の独断で考えた末、作業に入ります。


そして…………


とりあえず無難に仕上げてみました。学生たちも納得してくれた様子。すると、これに気をよくしたのか、はたまた今ひとつ納得できなかったのかはわかりませんが、1人の学生が……

「後ろの壁にも何か書きましょう。こっちはこの際意味とか関係ないので、何でもいいから何か長いのをひとつ書いて下さい」と提案。

そんなわけで…


ことわざではないけど、長いのを一筆、書かせていただきました。
スプレーというところが今ひとつユルい感じになってしまっていますが、どうせ彼らが卒業して私も日本に帰国して1年か2年も経てば、上からペンキでも塗られて消されるだろうということで、まあ良しとしておくことにします。

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