シルクロードのバネ工場

ウズベキスタン、フィリピン、ベトナム、モンゴル、そしてシリアに渡った日本語教師のブログです

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

別れは突然やってくる

テーブルとイスの話です。タイトルはあまり関係ありません。

まずはおさらいから。
去年の4月中旬、だから1年ちょっと前、大家の都合で引越しせざるを得なくなったという話(引越し騒動「その1」「その2」)を書きました。

で、この引越しの際、うちの大学で「留学生とか外国人教師のビザとか生活面でのいろいろサポートを担当している人」が面倒を見てくれたんですが、引越しをするにあたって…

新居にはテーブルとイスがないから大学のほうで用意しようとは思っているんだけど、とりあえず今までの部屋で使っていたテーブルとイスをしばらくの間使わせてやってほしい

…ということを前の大家に掛け合ってくれて、そのおかげで部屋は変わってもイスとテーブルだけは旧宅で使っていたものを使い続けていました。


このブログでもたびたび登場していたこのテーブルとイスです。

…で、そこから半年ほど経過して去年の9月
夏休みが終わり、私も一時帰国からモンゴルに戻って新年度が始まったばかりのこと。

前の大家が『そろそろテーブルとイスを返してほしい』と言ってるから、今週中にも大家にテーブルとイスを返しましょう。その代わり、大学の学生寮であまってるイスとテーブルを持っていきます。」

と言われたので、「このテーブルとイスともお別れか…」などと思い、

記念撮影までして、いつ別れのときが来てもいいように心の準備をしていました。

…ところが。

それから1ヶ月、2ヶ月と時は過ぎ、秋が終わって冬になり、新年を迎え、2月になって旧正月を終え、やがて雪が融けて春になり、そろそろ今年度も終わりに差し掛かったある日、忘れもしない5月11日(月曜日)、その日がついにやってきました

いつもどおり大学に出勤すると、同僚のモンゴル人の先生が
「先生、アパートのテーブルとイスを今日、大家さんに返してください。夕方ごろ大家さんが先生のうちに取りに行くそうなので…」と。

……えーと、最初に「テーブルとイス返して」って言われたのが去年の9月で、実際「取りに行く」といわれたのが5月です。
まぁ、これといって迷惑を被ったというわけでもないから別に何も文句はないんですがね。

そんなわけで、この日の授業を終えるとすぐ、大学の倉庫からテーブルとイスを運び出してアパートへ。

「あとは夕方5時過ぎごろに大家さんがテーブルとイスを取りに来ますので…」ということで、今まで使っていたテーブルとイスを片付けてほこりを落とし、大学から持ってきた机とイスもきれいにして部屋に設置。


ずいぶんスッキリしました。

ちなみに、

今まで使っていたテーブルとイスはすぐ大家さんが取りに来るだろうということで、ちょっと邪魔だったけど外に出しやすいように玄関の横のトイレと洗面所の前に置いておきました

……が、

この日、大家さんがこのテーブルとイスを取りに来ることはありませんでした。

さらに3日が過ぎ……

さすがにトイレとかシャワー浴びに行く通路にでっかいテーブルとイスがあるのは邪魔なので、玄関の隅のほうにまとめてグチャっと移動させました。それでもここにはクローゼットがあったり服をかけてあったりするので、邪魔なことには変わりありません。

で、この状態ですでに3週間が過ぎました
テーブルとイスはまだこのまま放置されています。

ここまでくると、大家さんがこれを取りに来る前に私が日本に帰国することになるんじゃないか、とさえ思ってしまっています。

それでもあの…、大家さん、とりあえずこれ、早く取りに来てください。
邪魔です。
スポンサーサイト

テーマ:モンゴル - ジャンル:海外情報

アリのように

ある日………


大学の校庭というか駐車場というか、とにかく大学の敷地内の駐車スペースでありグラウンドでありイベント広場でもあるだだっ広い「多目的広場」に重機が現れ、ガガガっと地面に亀裂を入れ始めたかと思うと、アスファルトをめくり始めました。

そして、

その作業はモンゴルにしてはめずらしく、急ピッチで進んでいくのであります。

実はこれ、ただ広いだけのこの場所をステキな庭園に改造してしまおう、という目的で始められた工事です。

完成予定図は右の写真のような感じらしい。
まぁ言ってみれば「キャンパス」ですよ。
なんか、かなりの予算をつぎ込んでいて、噴水まで作られるらしい。……噴水なんか作ったところで、半年後には水が枯れたただのコンクリ制の大きな穴になるのがオチのような気がしなくもないんですが。

…とはいえ、ウチの大学にそんな金があるのかねぇ…なんて思ってしまいますが、金がなければないなりの手を尽くすのがフツーです。

というわけで、後期の授業も終了した先々週の土曜日のこと…


「学生総動員で無償労働をする」の図

上から見るとこんな感じです。

大勢でうにゃうにゃ動いててありんこみたい

この日ばかりは掃除のおばちゃんも用務員のおっちゃんものんびりムードで、学生たちの働きぶりを見学しています。


…ちなみに、このステキなキャンパスの下地となる土が大量に運ばれてくるので、これをみんなで全体にまんべんなく運んで、踏み固めましょう、というのが学生に与えられた役割らしい。

しかし、オシャレなキャンパスライフをエンジョイするためのステキなキャンパスを、汗を流して自分たちの手で作るというのはいいことです。
学生たちも素直に従い、取り憑かれたように土を運び続けます。

それにしても、モンゴルでつくづく感心してしまうのが「女のたくましさ」です。

夏場、川辺でキャンプなんかをするときには手際よくかまどを作ったり、冬場、田舎なんかに遊びに行ったときには豪快に薪割りをしたりする。そんな女たちの後姿にホレボレしてしまったりするんですが、このときもやはり…


シャベルの扱いがウマすぎる!
20歳そこそこの乙女とは思えないほどの腰の入れようです。


ひと仕事終えたあとの背中にも充足感がみなぎっています。

…そんなわけで、学生たちの無償労働の甲斐もあり、この後の工事も順調に進んでいます。

たぶん私が帰国するまでには完成しないだろうと思いますが…。

テーマ:モンゴル - ジャンル:海外情報

新年度にむけて

前回の続きです。
前の記事をまだ読まれていない方は、先に前回の記事をお読みください。

…なんだかんだとすったもんだがありながらも、何とか私の後任として9月からうちの大学で日本語を教えてくださる後任の先生も決まりました。

で、これから後任の先生の労働ビザ申請の手続きのために日本とのやり取りをしたり、私自身も帰国に向けての引継ぎ書類の作成やら、こっちに来てから作った教科書とか絵教材をまとめる作業やらで「ざぁ忙しくなるぞ」などと思っていた矢先、なんとも衝撃の新展開が待ち受けていました。

ある日、同僚のモンゴル人の先生が何やら神妙な面持ちで私の元にツカツカとやってきて……

「先生、実は、あの……。」
「…はい。」
9月からのことなんですけど…。」
「はぁ…。」
「今度の9月に日本語学科は新入生を募集しないことになりました。
「……。」
「……。」
「…え?」
「それで、あの、新年度からうちの大学で日本人の先生は雇わないことになりました。
「……………。」
「……………。」
はぁぁあああ~~~っ!?
「…だから、あの、せっかく新任の先生が決まったんですけど、採用を取り消すようにと、学長と学部長から言われて……。」
「………………………。」
「………………………。」
ゴトリ……)←心の中で何かが動く音

「……??」

………あの、みなさん、ひとまず落ち着いてください。

詳しく説明します。

現在、うちの大学にある「日本語学科」というのは、正式に言うと「外国語学部・日本語学科・日本語翻訳家専攻」というカタチになっています。
が、実際にこんなモンゴルの片田舎で日本語を学んだところで、学生たちは卒業後に日本へ行けるわけでもないし、これといった日本語関係の仕事にありつけるわけでもなく、モンゴル国内の日本語人気というのはそれなりにあるのだけど、翻訳家の需要というのはそれほど高くない。
で、実際このところ学生の数も減り続け、学生たちの間でも「日本語学科がなくなるかもしれない」などという噂がまことしやかに囁かれていました。

そこで大学では「日本語翻訳家専攻」を廃止して、国内でもっと需要のある「日本語教師」を養成するべく「日本語学科・日本語教育学専攻」を新設しようと決定。

しかし、実際そうするとなるとカリキュラムを組みなおさないといけなかったり、教育庁などといった国の機関への申請なんかもしなきゃいかんし、国の審査もくぐり抜けなきゃいかん。それにはかなりの時間と労力を要するので、それなら来年度は日本語学科には新入生を入れず、その準備期間に当てましょう。

…んで、それなら日本語教師の数も減らさんことには採算が合わんので、とりあえず来年度は日本人の先生抜きで、モンゴル人の先生だけで授業をまわしていくことにしましょう。

ということが、ある日突然決まってしまいました。

まあ、理にかなっているといえばそうなのかもしれないんですが…、新任の先生を決めるために協議をし、採用の連絡をしては断られ、そのたびに不毛な協議を重ねたりしたことも、そのたびに気を使いながら応募者に何度もメール送ったりしたことも、そもそもそれ以前にネット上で新任講師の募集記事を出したりしたことも、これまで2ヶ月ぐらいの間に後任を呼ぶためにやってきたこと全てが「まったく無駄なこと」になってしまいました。

…わたくし、かれこれ35年ぐらい生きていますが、生まれて初めて経験しました。

骨折り損のくたびれもうけ

この言葉がこれほどまでにしっくり来るシチュエーション、なかなか経験できるもんじゃないですよ。

モンゴルにおいて、それがどんなに理不尽なことであっても、上の言うことは「絶対」です。なので、特に私のような何の後ろ盾もないチンピラ日本語教師がどれだけ食い下がっても今回の決定は覆りません。
学生のレベルとか、モンゴル人の先生にかかる負担なんかを考えたら日本人の力は必要なんですけどね…。

そんなわけで、我がモンゴル国立大学オルホン分校は、9月の新年度から日本人教師不在という「冬の時代」に再び突入いたします。

そんなこんなで後任問題も意外なカタチで終結を迎えたわけですが、私が去ったあとのことをいろいろ考えると、2年間通い歩いたこの通称「学生通り」もまた違った感情を思い巡らしながら歩いてしまいます。

そして……、



今回の後任をめぐるこの一件は、私の部屋に飾られているこの3枚の写真のうち、ちょうど3年前にウズベキスタンで撮った真ん中の写真の背景にあるエピソードに繋がっていくものでもあったのです。

それについてはまた別の話も絡んでくるので、モンゴルを去るまでの間に気が向いたら書くことにいたします。

テーマ:モンゴル - ジャンル:海外情報

後任をめぐって

はじめに………

この話は、このような不特定多数の方々の目に晒されるブログに書くべきか書かざるべきか、と躊躇してしまうような出来事ではありましたが、おそらくこのブログを読まれている方の中には「いずれ日本語教師として海外に出て活躍したい」と思われている方もおられるだろうということもあり、「海外に出てしまえば面白おかしいことばかりではなく、こんな苦労もよくあることなんだ」ということを知っていただくためにも思い切って書いてしまうことにいたしました。

賛否両論あるかと思いますし、私の書く文面に失礼な物言いがあるかもしれませんが、どうか温かい目でご覧になっていただきたいと思います。心躍るような春のモンゴルの風景写真も載せておきますので、ご容赦のほどよろしくお願いします。

というわけで…、

ご存知の方もおられるかと思いますが、我がモンゴル国立大学オルホン分校では、つい2ヶ月ほど前から日本語教師の求人情報サイト上で日本語教師を募集していました。

もちろん私の後任としてこちらに来られる日本人教師の募集です。

募集記事を出した当初、わざわざモンゴルのエルデネットまで来てもいいなどという奇特な人もそうはいないだろうと思い、経験、学歴、年齢、性別などには制限を設けず、「資格があればだれでもオッケー」と門戸を広くして募集したところ、これがまた想像以上の反響。ふたを開けてみれば12名からの応募があり、応募書類が送られてくるたびにモンゴル人の先生と「この人がいいか、あの人がいいか…」などという話題で盛り上がっていました。

……が、今回の最終的な人事権は我が外国語学部の学部長にあります。
そこで締め切り後すぐに学部長との協議に入ったわけですが、ここで学部長がひと言

「女の人はナシで、男性陣の中から選びましょう」…と。

そんなわけで、12名の応募者の中から女性を外した5名の男性の中から選考することになったんですが、その中からさらに私が個人的に「同じ日本人という観点から、この人だけは何があっても絶対に選ばないでほしい」という人がいたので、さらに絞って3名の中からの選出となりました。

まぁ、幸いにも「全応募者から考えてもこの人だろう」と思っていた人がその3名の中に入っていて、モンゴル人の先生も学部長も満場一致で「ざぁ、その人にしましょう」という結果に。

で、その先生に連絡したところ………

断られました。

理由は「他にも応募していたところがあって、そっちに決めちゃいました」とのこと。
コレに関してはまぁ「早いモン勝ちのイス取りゲームでいいイス取られた」ようなモンだと思ってあきらめて、次いってみよう、とばかりにその他の応募者(まだ不採用の通知はしていなかったので)全員に…

結果の報告が遅くなってごめんなさい。もうちょっと選考に時間がかかりそうなので、待っててください。ただし、もしこの時点で応募を辞退したい人がいたら、すぐ言ってください。(これ以上無駄な手間を増やしたくないので)

という連絡をしました。

…で、再び選考開始。この時点で私の中では「女性もアリ」だったんですが、相変わらず学部長は「男の中から選びましょう」という姿勢は崩さず、つまり残された2名の男性陣から選出することになり、その中からこの春大学を卒業したばかりの若者に賭けてみることになりました。………が、その若者に採用の通知を出した数日後、

「一身上の都合で辞退します」だって。

………はぁ?「辞退するなら言って」って言ったじゃん!!余計な手間増やすなよ、若造。…などと腹を立ててる場合ではありません。すぐに再選考です。

この時点で選考対象になっているのは残った男性1人、それに未だ手付かずの女性陣7名
というわけで、私だけでなく同僚のモンゴル人の先生の中にも「この残った男の人だったら、女の人でもっといい人3人ぐらいいるよな、女性もアリだよな、な。」という確かな気持ちがありました。しかし…

「オンナはダメ」の姿勢をガンとして崩さない学部長。

で、最終的にその残った男性一人に決定し、先方からも快く引き受けていただきました。

…でも、正直なところ私の中ではこの決定に「もやっ」としたものが残ってしまいました。最終的に決定した先生が「悪い」とかいうんじゃなくて、(申し訳ないんですが、「いい」というわけでもなかったし、)もっと適任だろうという人が女性の中にもいるのに…。

そして何より私がここを去ったあと、残された学生たちがこの新任の先生を相手にどうしたもんかと困惑するだろうし、また同僚のモンゴル人の先生方にかかる負担も大きくなるんじゃなかろうか、ということが容易に想像できるような人をどうして選ぶのか…。

そもそもなぜ学部長(←女の人です)がそこまで「男」というか「女はダメ」にこだわっているのか…。

実は私の前任者(直接会ったことはないんですが…)が女性で、某政府系のボランティア派遣事業から配属された方だったんですが、その方は立場上「教える」以外にもいろいろと使命があり、それでことあるごとに学部長と衝突し、そりが合わず、結果的に学部長が「日本人の女の人、ヤダ」と思う要因を作ってしまったという。
モンゴル人でそれなりの役職に就いてる女の人はプライド高いからね……


……って、腑に落ちてないのは俺だけか?


っても、いずれにせよ後任は決まりました。これからは気持ちを切り替え、残された日々を前のめりにぶっ倒れて終わってやろうじゃないかという覚悟を決めて学生たちの前に立つことに。

…が、ここへ来てさらに耳を疑うような想像もしていなかった衝撃の大どんでん返しが我々を襲うのであります。

なんと、モンゴル国立大学オルホン分校では、9月の新年度開始時に………


つづく

テーマ:モンゴル - ジャンル:海外情報

春の大運動会

早春の候、今回我々がお邪魔したのは……。

我がエルデネットから西へ約60キロの隣町、ボルガンです。

そしてその目的とは……

ボルガン第1学校、春の大運動会。

……と、ここでまたトートツに“語り”を入れてしまいます。

初等教育から高等教育にいたるまで、どの国に行っても(もちろん日本にも)教育の現場における悪しき慣習というものはありますが、モンゴルの教育界全体に蔓延している「悪しき慣習」のひとつにこんなものがあります。

例えば学校(または学外)でなんらかの「発表会」的なイベントを行うとします。すると、学内から代表者を選抜し、選抜された学生がその催しに駆り出されるわけですが、モンゴルではその「代表者」をどうやって選抜するかというと……

学生個人の意欲とか適性なんかは度外視し、とにかく成績優秀者を先生の独断で一方的に指名する。

…という、まったくもって公平性に欠ける選抜方法を採用しています。

だから、うちの大学で行われ、2つ3つ前の記事にも書いた「日本語週間」というイベントなんかでも、司会を担当する学生を選抜する際に、モンゴル人の先生はとにかくアタマから成績上位の学生にやらせようとしてしまいます。

たしかに「日本語イベントの司会」ともなると、それなりの日本語能力は要求されます。…が、成績がいいおとなしい子だとかやる気ないくせに勉強できるヤツなんかに司会を務めさせるんじゃなくて、そこはクラスの中からいかにも「ザ・司会者」みたいなヤツを選出するべきでしょう。

私もこの2年の間に口をすっぱくしてそれを言い続け、ことあるごとに軌道修正してきました。

でも、モンゴル人の先生は本質的にそれができないんです。

そんなこんなで、モンゴルでは「(1)何かの折には先生が“できる子”だけを選出する」「(2)子供たちは何の疑問も感じず、それを受け入れる」「(3)やがて成長した子供たちは“できる子だけを選出する大人”になる」「(1)に戻る」という、とてつもない悪循環スパイラルからいつまでたっても抜け出すことができていません。

で、それはスポーツにおいても同じようで、学校のスポーツイベントなんかがあると、とにかくできるヤツだけが表舞台に立って脚光を浴びる、というのが通例だという。

……それは実にいかんことであります。

というわけで、話がだいぶ横道にそれてしまいましたが、今回ボルガン第1学校で執り行われたこの運動会。
ここに配属されているJICAの隊員がそんなモンゴルの偏った現状を打破すべく「日本式の、全員参加型の楽しい運動会」を企画し、そして無事に開催の運びとなった、というわけです。

当日、私が乗ったボルガン行きのバスの出発が遅れてしまい、私が到着したときにはすでに開会から1時間ほど経過しており、ちょうど「騎馬戦」をやっているところでした。


そのほかにも…
障害物競走とか、

玉入れとか、

綱引きとか

長なわ跳びとか、リレーとかその他いろいろ…

「あっちのチームに負けたくない」とか「みんなでがんばろう」とか、そんな雰囲気の中で、とにかくクラスみんなが参加できる(←コレ大事)、そんな催しが繰り広げられたことはとても大きく、子供たちの中にも特別な記憶として残ったのではないかと思います。


何より、見ているこっちも懐かしい気分になれて楽しかったです。

テーマ:モンゴル - ジャンル:海外情報

首相がやってきた

春です。

草原もうっすらと緑に色づき始めています。

そんな春を迎えたある日のこと、ブラブラと町を歩いていると……


県庁前に整列する兵隊さん。そしてそれを眺める人だかり。

「な、何だ何だ?」と思っていると、特設赤じゅうたんに一台の車が横付けされ、


おっさん(右の人)登場。


実はこのお方、恐れ多くもモンゴル国の首相であらせられます。
そんなわけで、始めてみる首相の姿にちょっとうれしくなってしまいました。


兵隊さん方に挨拶をかます首相。


その後、県職員と思しき愚民どもと挨拶を交わされる首相。

そして最後には…

見学の愚民どもに揉みくちゃにされ……


県庁に吸い込まれていきました。

首相、そういえば去年も今くらいの時期に来てたな。4月中旬のエルデネット表敬が恒例になってるんだろうか…。
たいそうご立派なセレモニーだったけど…。

ちなみにこの日、首相と一緒に「超でかい人」も来ていました。右の写真の人です。有名なモンゴル相撲の力士らしい。

そんなわけでもうすぐ大統領選挙です。

テーマ:モンゴル - ジャンル:海外情報

FC2Ad

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。