シルクロードのバネ工場

ウズベキスタン、フィリピン、ベトナム、モンゴル、そしてシリアに渡った日本語教師のブログです

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はじめてのハンマーム

去る2010年12月25日。
世界中がクリスマスを迎え、シリアの街もなんとなくクリスマスムードが漂うこの日、我々が訪れたのは…

حمام(ハンマーム)…アラブ式のお風呂です。

扉を開けると、そこにはアラビーマットが並ぶリラクゼーション空間が広がっております。

客人はまずはここで脱衣したら腰にタオルを巻いて湯殿に向かい、そして湯上り後はここで茶を飲んだり水タバコを吸ったり食事をしたりしながら裸の付き合いをした仲間たちと語らい、浴後のひとときを楽しむ、という感じです。

というわけで何はともあれまずは湯殿へ。


今回訪れたハンマームの湯殿の見取り図は右図のような感じ。

湯船もあるし、スチームサウナもあります。あとは個人個人で身体を洗ったり頭を洗ったりするような個室があり、各人が好きなように好きなだけ過ごすことができます。

あと、ちょっとわかりづらいかもしれませんが、上の写真の手前側、タオルが並べられているところは、なんか「熱い石」みたいになってて、身体を洗ったあととかに座ったり寝転んだりすることができ、ボサーッとしたり語り合ったりする場所となっております。


この写真は個室とはまた別の、オープンな感じの洗い場みたいなところ。

個室は右の絵のような感じで、個室といっても完全に締め切られるわけではなく、中にはお湯をためる石おけみたいなのがあり、そこにザンザンとお湯を流してそれで身体を洗い、頭を洗い、あとはマッサージをしてもらったりすることができます。
なので、基本的にどこもかしこも開けっぴろげになっているので、入浴客はみんな腰にタオルを巻いたまま用事を済ませなければなりません。

そんなこんなでこの日、まずは案内役の学生とともにサウナに入って汗を流しながら話していると…

この写真に写ってる、


酒樽みたいなこのおっちゃんがタオル1枚といういでたちで登場し…

「アカスリとかマッサージとかするかい?」
…みたいなことを言ってきたので、アカスリを頼みました。

というわけで、おっちゃんに誘われるまま二人で個室へ…

右の絵のような感じで座らされ、まずは腕をゴシゴシ…。そのあとは仰向けになったりうつ伏せになったり、最後には顔面までゴシゴシされ、体中の垢という垢をこすり出していただきました。
おっちゃんの力が強すぎたのか、垢すりタオルが強力だったのか、そのあと身体を洗うときに若干ヒリヒリしてしまいましたが…。

そんなこんなで1時間ほども湯殿で過ごし、風呂上りはアラビーマットの上でお茶を飲んでくつろぎます。


そして、年末の寒空の下に出ても身体はいつまでもぽかぽか。恐るべしハンマームの力。
みんなもアラブ諸国に来たら行ってみるといいよ、ハンマーム。


……というわけでみなさんよいお年を!
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テーマ:シリア - ジャンル:海外情報

子は親の背中を見て育つ

年末のお忙しいさなか、お久しぶりではございますが、今回は取るに足らないどうでもいいような内容です。

シリアに来て半年ほどたちますが、街中や大学内なんかでしつけのまったくなっていない無礼千万なシリア人のガキどもが視界に入りこんできたり、反対にそれはそれは聡明なお坊ちゃまお嬢様方をお見かけしたり、まあ言ってみればそんじょそこらの普通の子どもらに出会ったりすることがあって、そのたびに思うことは「結局、親がどーしょうもないバカだと子どもにもバカが伝染してしまい、反対に、学はなくとも親がしっかりしていれば子もしっかりしてる」ということ。

また、もし仮に父親でも母親でもどちらか一方の親が目も当てられないほどの大バカ者であっても、もう片方の親がしっかりしていて子どもをしっかりしつけていれば、子はダメな方の親を反面教師として立派に成長していくことができるでしょう。

まあ、もちろんそれはシリアに限ったことではないんですがね。

一応言っときますが、ここで言う“バカ”とか何とかっていうのは、もちろん勉強ができるできないとか字が書ける書けないとかっていうことじゃなくて、一般的な常識みたいなものとか、いわゆる“分”をわきまえてるかどうか、ってことです。

例えば、私が今アレッポ市内で住んでいる辺りというのは、わりとお金持ちとか外国人なんかが多く住んでいる地域で、裕福な家庭で育った子どもがそこいらじゅうを駆けずり回ったりしているんですが、キレイなおべべを着ていっぱしに英語なんかが話せたりもするのに平然と失礼な発言をするので、「ありゃ残念」なんて思ったらその親もやっぱり無礼者だったりとか。
私が働いているアレッポ大学というところは首都のダマスカス大学に次ぐ第二の国立大学で、まあ日本で言ったら京大とかにあたるような、偏差値だけを見ればそれはそれは立派な大学なんですが、並みいる学生の中には「勉強がんばりすぎて誰も道徳っちゅーもんを教えてくれなかったのね、これからシリアの将来を担っていかなきゃいかんのにかわいそう…」と同情したくなるほどのアホがけっこういたりします。

…と、そんな気がしながら何気ない日々を送っているとやがて12月になり、シリアが1年で最もぐずついた天気が多くなる冬に突入しました。
先週はほぼ1週間ずうっとシトシトと長雨が続き、つい数日前、久しぶりに晴れ間が見えたので溜まっていた洗濯物を洗濯機にぶち込み、ガチャガチャとダイヤルを回して洗濯機のスイッチを入れると、たぶん雨のせいで電気の配線のどこかが水浸しになってたかなんか、よくわかりませんが洗濯機がショートしてしまい、一瞬だけ動いたかと思うと焦げ臭いにおいだけを残して動かなくなってしまいました。

そんなわけですぐ大家さんに電話をして、翌日、技術屋さんを呼んできてもらいました。

すると、平日の真っ昼間だというのに年嵩もいかない10歳ぐらいの子どもを連れてくる技術屋さん。
まぁ間違いなく自分の子どもなんだろうと思いますが、この子どもが果たして学校に行っているのかどうかとかそんなことはさておき、その働きぶりたるやしっかり父の片腕となり、ときには父をフォローし、ときにはその小さい身体を生かして機械の後ろの隙間に入り込んだり手を突っ込んでみたり、また父の変わりにコマゴマとした作業をしてみたりと、しっかり立派な片チチとしてテキパキと働いており、まぁ言ってみれば「シュッとしたいい感じの子ども」でした。

よくよく考えてみれば、シリアの街中ではわりと親の仕事を平日の昼間から手伝わされている子どもをよく見かけます。
それはこの親子のような技術職をはじめ、街路樹を剪定してる人とか、粗大ゴミとかの回収をしてる人とか、工事現場とか大工仕事とかガテン系みたいな感じの仕事だったりするんですが、おそらくこういう子どもたちはそのまま父の仕事を継いで、やがて結婚して父となった暁には、自分がそう育てられたのと同じように我が子に技術を伝え、…ていう感じの将来が待っていることでしょう。
はたまた、この子がゆくゆくはシリアのエジソンか野口英世か、というまでに成長し得る大器を秘めている可能性もないとは言えません。

しかし、現実的に考えて半ば強制的に職業選択の自由が与えられない環境に生まれてしまったこの子、“親の敷いたレールの上を歩いていくしかない”なんていうのも考えようによってはある意味ラッキーなのかもしれない、とも思います。

なぜなら、それはまぁ大層ご立派な国立大学を卒業しても、そこで学んだことが役に立つような働き口は見つからず、それまで高いところから周りの人々をバカにしてきたツケを払い続けるという、そんな人生を歩んでいかなければならない学生たちがシリアにはごまんといるわけですから…。

…と、洗濯機の修理をする少年のうしろ姿を見ながらそんなことに思いを馳せていたその日の晩、日本センターの学生からあるイベントに招待されました。

そのイベントとは「アレッポ・ロシアフェア」みたいな、アレッポに住んでいるロシア人コミュニティが主催となり、ロシア人居住地域の教会を会場に、ロシア文化を紹介したりロシアの伝統的ハンドクラフトなどを展示即売したりするようなそんな感じのイベント。

なぜ日本センターの学生がロシア人コミュニティとの繋がりがあるのかというと、我が日本センターの学生の中には、シリア人とロシア人のハーフの女子学生がいるのであります。

ロシア人といえば、透き通るような肌に目鼻立ちがはっきりとしていて美人が多いというイメージ。
そしてシリアもまた、あまり知られてはいないと思いますが東欧と地中海と中東が渾然一体となったエキゾチックな美人が多い国

そんなロシア人とシリア人のハーフの女の子が美人にならないわけがなく、やはりその学生もお人形さんみたいな完成しすぎの顔してます。
その上、ハーフですからもちろんロシア語もアラビア語も話せるし、日本語まで勉強してるわけですから、まぁ見事に世界でも比較的難しい方に分類されるであろう、しかもまったく文法体系の異なる3つの言語が話せるという…。
耐え忍び向上する、というロシア人の鉄の心もしっかり持っています。


「種子は大地に根を下ろし、親と同じ花咲かす」という…
……シリアの学生諸君よぉ、世の中って公平なのか不公平なのかよくわかんねぇよな!

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パルミラで会おう

ちょっとだいぶ時間が経ってしまいましたが、11月16~19日の犠牲祭連休のお話、後編です。

というわけで…
イランのペルセポリス、ヨルダンのぺトラ、そしてシリアのパルミラ

この3つの遺跡群、その頭文字をとって中東の3Pと言われ、中東地域における遺跡観光のハイライトとされております。
今回の連休、前半は前回の記事にも書いたとおりマンベジでまったりと過ごし、後半はこの3Pの一角でもあるパルミラを観光してまいりました。

やはりシリア随一の観光スポットだけあって地元の方々も外国人慣れしてらっしゃるし、パルミラの遺跡自体ものすごい存在感があって「すげぇなぁ」と思わせるものであります。

…が、やっぱり観光用に見栄えよく修復されてあったりする部分もあって最終的には「ああ、まぁ遺跡だな」ぐらいのものであり、また物売りなんかが興ざめな部分を一手に担っていたり…といった感じ。

確かに、シリアに来てからこっち、アレッポ近郊で遺跡修復のシニアボランティアの方々に連れて行ってもらったような、もっとマイナーな観光化もされていない遺跡の方が、右の写真のように一見すると「…?」な感じもありますが、なんか良くも悪くも「そのまま」な感じでフツーに土器の破片とかが転がってたりしてて生活の息吹なんかを垣間見ることができて感動的なものだったよね、ていう感じです。

…が、そんなことよりやっぱり今回のパルミラ観光の大きな目的というのは、

みんなに会うこと
だったのではないかと思っております。

というのも、今回の連休は二本松で一緒にアラビア語を学び、その後シリアのお隣のヨルダンに派遣された仲間がシリアに遊びに来ていたのです。
で、まずダマスカスに住んでいる同期2名がそのヨルダンからの来客を引き連れて南の方からパルミラを目指す。
ほんでもって同じ日、我々シリア中北部に住んでいる同期3名が北の方からパルミラを目指し、最終的にシリアとヨルダンの同期十数名がパルミラの街で一堂に会す、という感じだったのです。

ちなみにシリア北部からパルミラへ行く場合、アレッポからもマンベジからも直通のバスは出ておらず、アレッポからまず中部のホムスという街へ行き、そこからパルミラ行きのバスに乗らなければなりません。

というわけで、連休の前半をマンベジでだらだら過ごした我々、約束の日は朝8時にマンベジを出発してアレッポへ。
んで、アレッポに到着してすぐ長距離バスターミナルへ行き、バスでホムスを目指します。

ここまでの乗り換えは全て順調に進んでおり、ホムスに着いたのがたしか昼ごろ

しかし、連休のためパルミラ行きのバスは本数が少なく、次のバスは早いもので3時45分出発という…。
そこで欧米人の旅行者からタクシーをシェアしようか、というお誘いもありましたが、さすがに白タクは値が張るため貧乏人の我々には手が出せませんでした。


そんなわけでホムスで3時間弱の足止め

…で、なんだかんだで最終的にパルミラに到着したのはたしか6時を過ぎたころでした。

その後、ホテルにてシリアとヨルダンの同期11名(だったっけ?)プラスその他の方々が集合。
シリアの同期5人が集合したのも約1ヶ月ぶり。ヨルダンの同期とは二本松以来5ヶ月ぶり。同じ日本語教師のアダケンとは半年ぶりぐらいになります。

…というわけで、この日の晩メシは宿のおっちゃんの勧めによりベドウィン(砂漠とかイナカなんかでテント暮らしをしている人々)がやってるというベドウィンキャンプ風メシ屋へ。


まぁ、これもまた観光地にありがちな、生活者としてベドウィン暮らしを選んだ人ではなく、仕事としてベドウィン風をやってる人たちによる資本主義的な雰囲気のレストランではありましたが、何はともあれこのレストランでは…


この旅行の10日ほど前に誕生日を迎えた同期のサプライズパーチーなんかをすることもでき、なかなか楽しいひとときを過ごすことができました。

海外なんかで長く生活していると、いやな思いをすることも多々あって、いままではそれも全部ひとりで処理して消化して…、なんてことが多かったんですが、こうして仲間がいるというのが今までとの大きな違いであります。


…と、マンベジやパルミラでそんなことをしみじみと感じた犠牲祭の日々であります。

テーマ:シリア - ジャンル:海外情報

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