シルクロードのバネ工場

ウズベキスタン、フィリピン、ベトナム、モンゴル、そしてシリアに渡った日本語教師のブログです

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中東の笛

2011年1月13日シリア時間6時、いよいよ世紀の一戦が刻一刻と迫っておりました。
…その一戦とはサッカーアジアカップ、日本VSシリア

シリアに住んでいるすべての日本人が、普段サッカーにはそれほど興味を示さない人であっても、おそらく強く強く願っていたのではないでしょうか…。

日本よ、シリアをボッコボコに負かしてくれ、と。

そして私もまた「シリアで暮らす日本人がふんぞりかえって堂々と街を歩けるように、職場で上から目線でシリアのが強いなどと言われないように…」という思いとともに、アジア全域の注目を浴びる中で、シリアが日本にギッタンギッタンにボロ負けする姿を晒してくれい…と、半ば本気で思っておりました。

…というわけで今回の試合、アレッポ大学の日本センターではプロジェクターと巨大スクリーンを設置し、アレッポに住む日本人の方々もお呼びしてシリアの学生と日本人と入り混じって応援しましょう、ということになり、


設置完了。応援準備は万端。


地元メディアもやって来て、


インタビューを受けて「2-1でシリアが勝つでしょう」とか言わされる日本人。


前半、日本が先制点をとって1点リードのままハーフタイムに。

そして、これほどまでに試合が大きく動こうとは誰しもが予想していなかったであろう、衝撃の後半戦が始まります…

後半31分、日本ゴールの目の前でキーパー川島のクリアボールがシリアに渡ってしまい、シリアのオフサイドか日本のファウルかでひと悶着が起きた瞬間。

実況のアナウンサーも興奮してしゃべってるので何がどうなってどういう状況なのか、このとき詳しいことはわかりませんでしたが、とにかくシリア人の先生方も学生たちも興奮してるし、画面を通してみれば日本が窮地に追い込まれていることは一目瞭然

そして主審(イラン人だったっけ?)の下した判定は川島にレッドカード。もちろんゴールエリア内でのファウルなのでPK。

…で、シリアが同点に追いついた瞬間。
試合が振り出しに戻ったのもさることながら、完全にアウェイの環境でこの先11対10で闘わなければならないことに絶望の色を隠せない日本応援団。

これが…、これが恐るべし中東の笛というヤツか!

しかしその5分後、PKのチャンスをモノにして逆転する日本。

試合時間はのこり10分

ここが日本センターだからとか、周りにはシリア人がいるからとか、日本人が応援に来てるからとか、ここまでくればそんなことはもう関係ありません。
シリア人学生、先生方はシリアにゲキを飛ばし、日本人応援団はなんとかこの1点差をキープしてくれと祈り、手に汗を握ります。


まあ言ってみれば日本を代表してシリアに住む立場にいる我々。その立場は違えど、日本を代表してピッチに立つサムライたちに希望を託します。


…そう、彼らは私たちです

客席を埋め尽くす人のほとんどがアラブ人で、アラブの国のスタジアムで、アラブ人の審判に無情な判定を下されても…、


たったひとつのボールを無心で追いかける彼ら。

同じアラブの国で、誰ひとり自分を知るものなどいない環境にはじめて身を投じ、日本という国を背負って活動を続ける私たちと同じなのです…。


もう圧勝してくれなどとは言わない、とにかく勝利してくれ…。

…などと、そんなことを考えながら私が試合を見ているわけもなく、とりあえず日本が勝ってくれればシリア人に「へへーん、日本の方がつえーだろー」って言えるのに…なんてことを思っていると、


試合終了~。

正直、「シリアざまあ。」といえるほどの大勝ではありませんでしたが、まあとりあえず勝ててホッとしました。

でも、こういう状況でサッカーの試合とかを見るのはとりあえずもうおなかいっぱいです。
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テーマ:シリア - ジャンル:海外情報

大晦日遺跡参り

みなさま、明けましておめでとうございます

シリアはラマダン明け大祭犠牲祭の2つが年の節目となるお祝いなので、1月1日になったからといってお祭りムードのようなものは一切なく、人々もわりと普段と何のかわりもなく「あぁ、新しい月になったな」ぐらいの感覚で新年を迎えていました。
街へ出て「あぁ、1月1日だなあ」と感じさせてくれたのは、写真のバーガーワールドの看板の上の電光掲示板の日付表示が01/01/2011になってたのを見たときぐらいでしょうか…。

それにしても、来年の話をすると鬼が笑うなんてぇことをよく言いますが、おそらく去年の話をしても誰にも笑われないと思うので、今回はちょっと大晦日の話を書かせていただきたいと思います。

日本では年の始めに神社にお参りなどをする習慣があり、日本にいるときはそんなことには何の興味もなかったので初詣とかなんとかいうものは一切してこなかったんですが、やはりいざ日本を飛び出してみると、そういう日本人として日本文化を大切に思う気持ちのようなものがどういうわけかフツフツと湧き上がってしまいます。

そんなわけで、年末年始のお祝いムードをまったく感じることのできないこのシリアでも、やっぱり日本人としてちょっとでも年末年始気分を味わいたい、などと思うわけで…

去る2010年12月31日の大晦日、シリアに住む日本人仲間が偶然にもアレッポ北部の遺跡ツアーを敢行するので行きませんか、とのお誘いを受け、行ってきました。


題して「大晦日アレッポ遺跡参り2010」


まず、名前はよくわからないけど十字軍時代の教会へ行き、


道端の岩々に彫刻とか洞穴なんかが残されているカトゥーラというちょっとマイナーな遺跡を見に行ったあと、


「アレッポに来たらここだけはぜったい見に行きたい」と前々から思っていたエジプト様式の遺跡、アインダラーに期せずして連れて行ってもらえたりもしました。

でっかいライオンの石像とか、石畳にはでっかい足跡なんかが彫られていたりしてなんかよかったです。

ほんでもって、

「アレッポの中でもここがいちばんきれい」と豪語する人の多いカラートサマーン(セントシメオン教会)というでっかい教会跡も見に行きました。

実はこのカラートサマーン、2週間ぐらい前に「行きたいんすよねー」なんて話していたら、その数日後に偶然連れて行ってもらうことができて、たまたま夕暮れどきだったので夕日を見ることもできたりして「うぉ、すげぇ、感動だわー」などと思ったばかりで、そのときからまだ1週間ぐらいしか経っていないというのにまた来ちゃいました。こんなこともあるんですね。

でもやっぱり遺跡というのは何度来てもその度に新しい発見なんかもあったりして楽しいです。

…で、

最初に見に行った教会と同じような感じで、なんか荒れ果てた土地にものすごいぞんざいに放置されている教会およびその周辺の集落跡なんかを最後に見てアレッポの街に帰る。

…と、こんな感じで2010年の大晦日はシリアらしく遺跡参りをし、夜はなんとなく今年の大晦日はひとりで新年を迎えたいような気分だったので…

鶏の丸焼きを購入。帰宅後にひとりでモソモソ食いはじめたものの、やはりさすがにひとりで完食はできなかったので「ゲプぅー」とか言いながらJSTVという欧州向けの日本語放送で紅白を聞き、なんか絵教材を描いたりして過ごしていたら、外からなんか花火らしきパンパンいう音が聞こえてきて、気づいたらなんとなく年をまたいでしまった、…みたいな感じです。

そんなこんなで迎えた2011年1月1日

街の様子を見てみようとブラブラ歩いてみましたが、やっぱり新年のお祝いムードなんかは一切なく、新年だからと浮かれ気分で歩いている若者なんかもいないし、…ていうか、シリア人の若者は新年でなくても年がら年じゅう浮かれてるんですが、まあそれはそれとして、店もフツーに開いたり閉まったりしてるし、肉体労働の人たちもいつも通りほこりまみれになって働いてるし、まったくもっていつもと変わらない風景がひろがっていました。


まあ、何はともあれ今年もよろしくお願いします

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