シルクロードのバネ工場

ウズベキスタン、フィリピン、ベトナム、モンゴル、そしてシリアに渡った日本語教師のブログです

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まさかの首都退避

前回の記事にも書きましたが、シリア南部、ダラアで起きた反政府デモを皮切りに、先週末はシリア全土でデモが行われました。
が、大規模なものはどれも大統領支持派による騒がしいだけの平和デモであり、その様子はまったくと言っていいほど緊迫感の感じられないような、まぁ単刀直入に言ってしまえば政府公認の“茶番”だったのでもう収束していくものだと思っておりました。

…が、その翌日、予期せぬ事態が発生!
というわけで、今回はその一部始終を時系列で記録しておきたいと思います。

3月27日(日)
いつもと変わらない朝。普段どおり朝食後にボサーッとしつつ、そろそろ大学に行く準備でもしようかな、なんて思っていると、首都にある事務所の方からの連絡。
「昨晩(3月26日)、ラタキア(シリア西部、地中海沿岸の街)死者を出す無差別発砲事件が発生したので、地方の皆さんは万が一のために今日中に、できるだけ早くダマスカスに来てください。最悪の場合は国外退避の可能性もあるかもしれませんので、そのための荷物も持って来てください。」…と。

そんなわけで急いで荷造り。
万が一、緊急帰国国外退避にまで発展した場合はとりあえずもうお金で買える物は諦めるしかない、というわけで、数日分の着替えと洗面道具をバックパックに詰めたあと、その荷物はとりあえず部屋に置いておき、普段はまず乗ることのないタクシーに乗り込み、急いで大学へ。日本語関連の本なんかはもう寄付してもいいけど、置きっぱなしにはできないのが日本語教師として働き始めてからずっと教案作成に使ってきたノート。これはもう「日本を出る前から『命の次に大切』と言われ続けているパスポート」より大切なので、これだけは郵送もすることなく常に自分の手で持ち歩かなければなりません。
で、あとは教材のCD、絵教材作成道具をガサガサとバッグに突っ込んで帰宅してパッキングの仕上げ。

で、ガラージュ(長距離バス乗り場)へ。
家の周りも大学もそうでしたが、ガラージュもまた緊迫感など微塵も感じられないほどののんびりムード。でも場合によってはしばらくここにも戻って来れないのか、などと思うとちょっと寂しくなりますが、まあそんなことはないだろうと思いつつバスに乗り込み、ダマスカスに到着したのは夕方の4時半。

5時半から事務所にてブリーフィングがあり、今回の首都退避に至った経緯とか、まあいろいろと所長から話を聞く。
ラタキアでの無差別発砲事件は、平和デモの最中に建物の屋上からスナイパーがテキトーにそこらのデモ参加者を撃っちゃったんだって。

ス、スナイパーって…。シリアってそんな人に背中を見せて歩くこともできないような国だったの!?

とかなんとかいろいろありながら、結局のところそんなに緊迫した感じでもなく、まあちょっとした避難訓練の意味合いもあっての首都退避であり、最終的には「このところギスギスした感じの日々も続いてたし、まあ2-3日ほど羽をのばして首都を満喫してください」みたいな雰囲気でブリーフィングも終わり、そんなこんなでカレー食ってドミトリー(宿泊所)に帰宅。

3月28日(月)
相変わらずこれといって緊迫感は感じられず、昼間はただただのんびりと過ごし、夕方、事務所で安全対策連絡会というのがあったのでそれに出席。

これまでの騒動の経緯だとか、それを踏まえて今後予想されることだとか、国外退避にまで及んだ場合の段取りだとか、このまま何もなければ明日には任地に帰れるでしょうとか、そんな話を1時間ほど聞かされて終了。

夜は同期5名でほのぼのと誕生日パーティー

ここでも翌日に大規模なデモがあるとか、公共機関はすべて休みになって人々はみんなデモに借り出されるとか、それじゃあ明日も一日ダマスカスで過ごすことになるのかなぁとか、話題の中心はやっぱりデモ話だったんですが、そんなこんなでドミトリーに帰ったあとはまたダラダラと話したりして就寝。

3月29日(火)
8時過ぎ、緊急連絡網に起こされ、緊張が走る。その内容は…、
シリア全土で大規模なデモが行われるので、10時以降、連絡があるまで屋内待機せよ。

というわけで早急に食料の買出しに行き、その後、何やら外が騒がしくなってきたのでシリアのニュースチャンネルを見ると、

シリア各地がこんなことに…。
しかもものすごい動員数。見慣れた風景が人で埋めつくされています

でも、どこも相変わらず大統領バンジャ~イ的なもので、それをもう学校から職場まで国じゅうを休みにして集められる人間はとにかくかき集めて行われている様子。
シリアのテレビも政府寄りの報道しかしないもんだから、そんなデモ(…というか、もうビックリするほどの人がたくさん集まって大統領スキスキコールを繰り返してるだけの様子)を垂れ流してるだけだし…、

我々視聴者もだんだんどーでもよくなってきました

で、たしか3時ごろ、デモも終わって街はウソみたく普段どおりに戻ったということで屋内待機命令も解除。今回の一連の騒動を受け、シリアの内閣が総辞職をしたとかなんとかというニュースもありながら…、


夜は呑気にカレーパーティー
まったくもって緊張感のない退避生活です。

3月30日(水)
朝、首都での退避生活命令の解除
「それぞれの任地に帰ってもよし」との連絡が入り、昼過ぎのバスでアレッポの自宅に帰ってくることができましたが、その移動中、大統領による声明があってラジオの生放送がバスの中でも流されていました。
が、それもあまり核心に触れるような内容はなく、反体制派の要求に応えるようなモノではなかった様子。

とりあえず、騒ぎがこれ以上大きくなるようなことはないのかなぁ…ということで、なんとなく収束していきそうな感じがあったりなかったりしながら、なんか相変わらず緊張が続きそうな雰囲気もある中で、とりあえずこれからまた変わらず日々の授業に追われる生活に戻っていくような感じです。
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博物館に行かなくちゃ

博物館とか、まあその周辺のお話です。

みなさんの記憶にも新しいかと思われるエジプト反政府民主化デモ
インターネットの力で急速に拡大し、もはやデモなどというレベルではなく「革命」にまで発展したこのできごと。

その騒動のさなか、エジプトの考古学博物館においてファラオのミイラが破壊されたという報道がありましたが、コレに関してはなんちゅーことをしてくれとるんじゃいというご意見が世界中で囁かれていたのではないかと思われます。

よく考えてみろよ。お前がしたいことは何なの?国を変えることだよなぁ。例えば仮にファラオのミイラを壊すことで国が変わるんならいいよ、じゃんじゃん壊しなさい。でもやっぱ博物館の展示物をぶち壊すのは違うでしょー。
…というわけで、それがファラオであろうとなかろうと、もう単純に「どさくさに紛れて意味もなくモノ壊すなよ」と言いたい。

と、そんなエジプトの革命もなんとなく決着がついたような感じではありながら、依然その尾を引くような感じで中東各地で民主化を求めるデモが起こっていて、ついに我がシリアでも、1週間ほど前に大統領の退陣と民主化を求めるデモが南部のダラアという街で勃発してしまいました。(全然知らなかったという方もいるかもしれませんが、「シリア」「デモ」とかで検索してみてください。)

最初はちょっとした衝突だったのかもしれませんが、やがて死傷者も出してしまい、初めのうちは政府も「暴力団を追放しただけだから気にすんなー」的なことを言っていたものの、事態は収拾するどころか日に日に規模が拡大して死者数も増え、周辺の町にも広がり、シリア政府ももう「族の一掃」などと苦しい言い訳をすることもできなくなってしまいました。

今回のデモの舞台となってしまったダラアには我々日本人仲間も住んでいるんですが、今はその場を離れて首都のダマスカスに退避中。外務省の危険度も引き上げになり、我々のもとにも「いざというとき(国外退避)のために私財整理および心の準備を」との連絡も入ったりして緊張感が高まってきました。

…が、デモの中心地であるダラアから遠く離れた北部のアレッポはそんな緊張感など微塵も感じられないほどのポカポカ陽気

でもこの週末、金曜礼拝で人々が集合したらデモが全国的な規模にまで広がる恐れもあるかも…、なんて話もありながら、シリア中の人々が固唾を呑んで迎えたこの金曜日、私がとった行動は…、


アレッポが平和なうちに、壊される前に博物館に行かないと…、というわけで、アレッポの国立博物館に行ってきました。アレッポに住んで早や9ヶ月ぐらいになりますが、初めてです、国立博物館。

なぜ今まで行かなかったかというと…、

入り口に並んでいるこの石像。
なんで目を白く塗っちゃったかなぁ…。これのせいであんまり中に入りたいと思えないんですよねー。

…でもこの博物館、館内にはもちろんチケットを買わないと入れないんですが、庭だけは出入り自由

庭にはちょっとした石像とか遺跡の残骸なんかも置かれていて、私の好きなアインダラー遺跡の五本足ライオン像もあります。

というわけで博物館の中へ…。

こういう観光スポットって基本的にシリア人価格外国人価格が設定されていて、外国人はシリア人の10倍近い入場料を払わなければならんのですが、我々のように職を持って生活している者は、その証明書を見せればシリア人価格で入場できます

ので、さも誇らしげに胸を張ってイカーマ(証明書)をみせたところ、ここではそれが通用せず…
それじゃいいや、ってことで、結局入りませんでした


…で、その後はアレッポ城に行ったり、のん気に石鹸を買いに行ったりして街をブラブラ歩いていると、


やる気満々のデモ仕様車がクラクションをバーバー鳴らして走っておりました。

そんでもって街の中心地には人々が集まっていて、なにやら騒いでおります。

でも、騒いでるのはその中心あたりにいる人たちだけで、遠巻きに見てる人たちはシラ~っとして呑気に写真を撮ったり、その様子を見ながらヘラヘラ笑って話してたりしておりました。
ただ、これにより交通規制も敷かれ、帰宅するのに乗ろうとしていたバスにも乗れず、とりあえずバスが乗れる所まで歩くハメに…。

このとき私が見たのは反政府ではなく、大統領支持派の方々の集まりだったので、これといったトラブルにも巻き込まれず、安全に帰宅することができました。

…が、自宅でボサーッとしていると、緊急連絡網で「デモの規模が拡大しているので当面は自宅待機」との命令が。
そしてなんとなくネットなんぞをしていると、とあるサイトでこんなバナーを見つけました。



シリアにとっての「FREE(自由)」って一体何だ?

…とりあえずこちらは無事なのでご心配なく!

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キャベツの花

トートツではありますが、

我が家の庭にがやってきました。

私が今の住居に引っ越してきたのは昨年7月下旬。
そのころは庭の花壇?の土もカラッカラにひび割れていたり、なんかわけのわからないトゲトゲの植物が植わっていたりしたんですが、

園芸道具を揃え、雑草は全てひっこ抜いて、土を耕し…、

右の写真のような感じにを作ってそこに生ゴミを捨て、穴がいっぱいになったら土をかぶせ、他の所にまた穴を作って生ゴミを捨て、さらに朝のお出かけ前には、また米を炊いた日には米のとぎ汁を撒き…、

…というのを繰り返し、夏から秋にかけて地道に土作りをしてまいりました。

やがて冬の間に降り続いた雨がまた土にを与え、ひと冬を過ごした土から徐々にが芽生えてきて、つい最近…、


なんか知らないけどユリっぽい野花が咲きました。
さらに土をガチャガチャ掘り返していたら、ミミズも見つかったりました。
我が家の狭い狭い菜園に、小さいながらも生態系が形成されております。

そしてコチラ。
←これは…

八百屋なんかで売ってるそんじょそこらのフツーのキャベツ。それをまあフツーに外側から一枚一枚はがして料理に使い、最後に残ったをスポンジで水に浸すと葉が出てきます。

で、それを植えて大事に大事に育ててきました。


…が、たしか11月ぐらいに大量発生したはらぺこあおむしたちにすっかり葉っぱを食べられてしまい、「これももう引っこ抜かなきゃいかんかな」なんて思いながらそのまま放置していたんですが、それが春を迎えた今、3つ上の写真のようにたくましく復活したのであります。

しかも…

葉と葉の間から花のつぼみが顔を出しました。

虫害で一時はすっかり芯だけになってしまったキャベツが春を迎えて見事な復活を遂げました。

そういえばモンゴルにいた頃…、

これと同じ方法で白菜の芯からを咲かせ、花からを採取して最終的に白菜を作ってしまったという経験があります。これと同じようにキャベツの種も採れたりしないかしらん、などと陽気なことを考えてしまっています。


…が、とりあえずそろそろ何か夏野菜を植えたりしようとも思っております。

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春ですね

春です。

みなさんおひさしぶりです。
なんだかんだで気づけばこのブログも1ヶ月ぐらい書いてませんでしたが、とりあえずこちらは変わりなくやっております。

こちらシリアのアレッポは、ちょうど3月1日からピシッと区切ったように暖かくなり、すっかり春の陽気。かと思うとどんよりとした天気で寒くなる日もときどきあり、三寒四温といった感じでしょうか。

右の写真は我が家の門の前の通りですが、ふと気づけば緑が多くなっていました。

私がこれまで住んでいた国の中でもウズベキスタンやモンゴルといった四季のある国では必ずやってきたように、やはりシリアでも毎週1回、決まった曜日のだいたい同じぐらいの時間に同じ場所に立って同じ角度で同じ写真を撮るという「定点観測」をしているんですが、今回はちょっと失敗。

というのも、シリア1年目は横着して玄関前の落葉樹のない景色を選んでしまい…、


こんな感じで…、


あまり変化は見られないんですが、それでも緑のボリュームや影の長さに若干の変化が見られます。
6月になって2年目に突入したらもうちっと変化が顕著に見られるような風景を選んで撮っていこう。

んでもって先週末はダマスカスへの出張なんかがあり、アレッポからダマスカスまでの道中には雪が残っている地域もあり、それでもこれから雪が融けて花が咲いて春になるぞ、という高揚感?が垣間見られます。

で、そんなダマスカス出張を終えてアレッポに帰る長距離バスの中で東北地震の第一報が入りました。

…と、そこからアレッポに着くまでの数時間の間に学生や先生方からも何件か「日本の家族は無事か」等の連絡があり、まあ大丈夫でしょう、みたいな感じでのん気にバスに揺られていたんですが、アレッポの自宅に着いてテレビをつけた瞬間…、

海水が集落や田畑をぐをぉーっと飲み込んでいくあの映像が流れていて言葉を失いました。

16年前、神戸で震災があったときにちょうど大阪に住んでいて、わりと近くであの地震を経験していたので、生々しい映像を見るにつけ当時の記憶がよみがえってきたりして気持ち的に「うぅ…」ってなったりもしましたが、でもあのときは地震のショックより復興しようという人々のたくましさが何と言うか、まぶしかったです


そんなこんなで翌日以降、大学へ行くと学生たちが「日本で大変な地震がありましたが先生の家族や友だちは大丈夫ですか」みたいなことを言ってくれて、普段は先生が来てもツーンとしてる小生意気な学生や、まったく日本語で話そうとしない落ちこぼれ君たちにも声をかけてもらったり、たまに買い物する商店のおっちゃんには「日本は今大変だから、半額でいいわい」みたいなこと言われたりしました。

どうしても不愉快なことばかりが目立ってしまうシリア生活ですが、こういう人のあったかさもまたシリアなのでございます。

というわけで、とりあえずこういうときだからこそ、最近サボりがちだったこのブログにもいろいろ明るい話題とかどうでもいい話を書いていこうかな、というようなことを宣言しておきたいと思います。

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