シルクロードのバネ工場

ウズベキスタン、フィリピン、ベトナム、モンゴル、そしてシリアに渡った日本語教師のブログです

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山に登って新聞沙汰に

山登りの話です。

今をさかのぼること4年半ほど前、フィリピンで働いていたときのことです。
2005年の年末に同じ町に住んでいた日本人仲間とともにフィリピンの最高峰、アポ山に登ったことがあります。

…が、

フィリピンの山は親切な日本の山とは違い、登山道などというものが存在するわけはなく、登山開始2日目、「アポ山ならおまかせ」と息巻いていたリーダー(フィリピン人)が自信満々で頂上への道を間違い、我々登山チームはみごとに遭難してしまいました。

で、なんとか登山口まで戻った我々を待っていたのは…


地元レスキュー隊

そんなこんなでこのあと、レスキュー隊の活動報告として「日本人登山パーティーがアポ山で遭難し、レスキュー隊のトラックに載せられて帰還した」ということが新聞に載ったとか載らないとか…、そんな話がありました。

それから時を経て2週間ほど前の5月16日。

安達太良山の山開きの日がやってまいりました。

やはり富士山麓で育った人間としてはそこに山があったら登りたくなってしまうもの

そんなわけで私が現在幽閉されている二本松訓練所、約200名の訓練生のうちの何人かがこの日、登山隊を組んで安達太良山の山頂を目指すという話は聞いていましたが、彼らはかなり本格的な登山隊だったらしく、「登山するならちゃんとしたトレッキングシューズを履き、それなりの装備で登るべし」みたいなノリだったので仲間には入らず、「なんかのんびりテキトーに登ってみる?」みたいな感じのパーティーを組んで安達太良山に向かいました。

その集団たるや周りの方々の目にはそれはそれは特異なパーティーに見えてしまったらしく、山登りだというのに手提げかばんを持った人、街歩きの無防備なスニーカーを履いた人、上はTシャツ一枚で参戦した人、そして私に至っては荷物を持たず手ブラ、という完全に山をなめきったスタイル

過去の遭難経験から学んだことはすっかり忘れてしまっていました。


いかにも「登山家」という人たちに白い目で見られながら山頂を目指します。


想像していた以上に道は険しく、雪解け水でぐちゃぐちゃです。


しかも頂上付近はまだ雪も残っていました。

…が、無事山頂に到達しました。



頂上からの眺めたるや、それはそれは素晴らしいものでした。

すると…


よっぽどおかしな集団に見えたらしく、地元新聞社のインタビューを受けてしまう我らがパーティーリーダー。
そして……

(5月19日・福島民友)
他にもちゃんとした登山隊もあったというのに、我々パーティーが新聞に載ってしまいました
(写真をクリックすれば大きい画像で記事が見られるようにしておきました)

山に登って新聞に載ったの、2回目です。
山を愛する方々にはなんか申しわけねぇです。

テーマ:福島県 - ジャンル:地域情報

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