シルクロードのバネ工場

ウズベキスタン、フィリピン、ベトナム、モンゴル、そしてシリアに渡った日本語教師のブログです

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露伴の生まれた場所

二本松での訓練が終了して1週間が過ぎましたが、もう少し二本松でのお話が続きます。

ずいぶん前ですが、二本松で高村智恵子の生まれた家を観に行った、という話を書きました。
たしかに二本松といえば安達太良山に阿武隈川を有する智恵子のふるさと、というイメージもありますが、実はもう一人、二本松にゆかりのある文豪がいることをみなさんご存知でしょうか。

それがこの人

幸田露伴

五重塔をはじめとする数多くの小説、随筆を世に出し、森鴎外や樋口一葉、尾崎紅葉などと並ぶ明治後期を代表する作家にして第一回文化勲章受章者です。

北海道小樽市に生を受けた露伴(本名・成行)青年は20歳のとき、文壇にその名を刻むという大志を抱き東京への旅を決意します。しかし、当時の列車は北海道東北地方までは伸びておらず、徒歩で東京を目指していた青年にその旅は過酷なものでした。
福島に入り、上野行き列車の始発駅である郡山が目前に迫っていることを知った露伴。しかし、そのとき露伴の所持金は郡山から上野までの汽車賃ギリギリの額であったため宿を取ることはできず、疲れた体に鞭打って歩き続け、二本松に到着したのは真夜中。露伴は仕方なく二本松で野宿することに。

随筆「露伴日記(蝸牛庵日記)」の中にはこんな一節が…

福島にて問いただすに、郡山より東京までは鉄路すでに通じて汽車の往来ある由なり。その乗車の価を問うにほとんど懐中有るところと相同じければ、今宵この地に宿りて汽車賃を食い込み、明日また歩み明後日また歩み、いつまでも順送りに汽車へ乗れぬ身とならんよりは、苦しくとも夜をこめて郡山まで歩み、明日の朝一番にて東京に到らん方極めて妙なり……(中略)……二本松に至れば、はや夜半近くして、市は祭礼のよしにて賑やかなれど、わが心の淋しさ云うばかりなし。……(中略)……ついには大の字をなして天を仰ぎつつ地上に身を横たえ、額を照らす月光に浴して、他年のたれ死をするときあらば大抵かかる光景ならんと、悲しき想像なんどを起こすようになりぬ。

というわけで、そんな露伴が野宿を決め込んだ場所、というのがコチラ、


二本松駅から東に徒歩20分程度のところにある「亀合坂」と言われております。
そしてこの亀合坂のてっぺんにある神社で夜を明かそうとする露伴、ここで詠んだ一句。

里遠し いざ露と寝ん 草まくら

この句の「露と寝ん」の部分をもとに、その後は自身を露伴と名乗り、文学を志した当時の熱い思い、そしてこの旅を忘れないようにとこの露伴という名前でその後大活躍を見せたのだそうな。

…なので、この坂を一番上まで上ったところには


こんな詩碑もあります。

さらに坂の中腹には「露伴亭」という茶屋もあって、ここでは露伴も食べたと記されている阿部川餅当時の味を再現したものを食べることができます。

この日、私は訓練所から二本松駅、さらにこの亀合坂までの約12キロ程をひとりトボトボ露伴のように歩き、すっかり疲れ果ててしまっていたので、ここで休息をとり腹を満たすことに。

…が、

この日は阿部川餅ではなく、露伴亭もうひとつの看板メニューであるスリランカカレーをいただきました。


このボリュームで500円。

そんな文学の町、二本松
みなさんもぜひ行ってみて下さい。

テーマ:福島県 - ジャンル:地域情報

コメント

岸辺かと思った。すっかり釣られた。あ、お久し振りです。

  • 2010/06/15(火) 23:54:44 |
  • URL |
  • まいきー #-
  • [ 編集]

まいきーならしっかり釣られてくれると思ってたよ。

・・・おぅ、久しぶり。

  • 2010/06/18(金) 16:12:40 |
  • URL |
  • ひろ #-
  • [ 編集]

みごとな一本釣りでした。
シリアいってらっさい。

  • 2010/06/22(火) 01:06:38 |
  • URL |
  • まいきー #-
  • [ 編集]

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