シルクロードのバネ工場

ウズベキスタン、フィリピン、ベトナム、モンゴル、そしてシリアに渡った日本語教師のブログです

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書よ、ブルガリアに届け

絵と書道の話です。

「三つ子の魂百まで」なんて言葉があります。
幼い頃にしつけられた習慣や得られた知識はそうかんたんに薄れることはありませんよ、みたいな意味です(よね)。

例えば私の場合、小学校2年生のときから中学卒業まで書道教室に通っていて、一応「書道有段者」の端くれなんですが、実際は中学卒業と同時に書道をすることもなくなり、10年以上も書道と無縁の生活を送っていました。
ところが、日本語教師になってからというもの、ちょっとでも職を得るのに有利になるだろうなんて思って履歴書に「書道八段」なんて書いてしまったもんだから、行く先々で「書の依頼」が想像以上に舞い込んできたりしてビックリしてしまうことがしばしばありました。

で、最初のうちは「うわぁ~、もうぜんっぜん書道なんかしてないのに…」と、内心ドキドキしながらいかにも「日本からやってきた書道家です」みたいな感じで教室に登場する…なぁんて局面ばかりだったんですが、これが意外と筆を持った瞬間に現役当時の感覚がムクムクと頭を持ち上げ、自分でも驚くほどサラサラサラリとキレイに書き上げることができてしまうもんだ、ということがわかり、それ以後この書道スキルが大いに活躍。過去に赴任した国々で、書道の先生として出張書道教室や、日本文化祭りみたいなイベントでの書道の指導に駆り出されるなんてことが何度もありました。

特にフィリピンで働いていた2年間、授業に使うひらがなカタカナのフラッシュカードから、大学で作成していた文法の教科書の表紙の題字、その他様々な場面で「イラストと題字」をまかされていました。
そのフィリピン時代、私と同じ「絵描き日本語教師」がいて、彼は学生時代から毎年夏には清里で似顔絵描きをしているプロの絵描きでもあるんですが、他の同僚などに「世界で5本の指に入る日本語絵教材作者がこんなところに二人もいる」といわれるほど、二人でガンガン絵を描きまくっていました。

で、つい先日、そんなフィリピン時代の同僚で、現在ブルガリアで日本語教師をしている氏からある依頼がとどき、
「ブルガリアのとある学校から日本風の壁画を描いてほしいとの依頼があって描きはじめたんだが、先方から「漢字も入れてほしい」とのリクエストがあったので、「書の見本」を書いて送ってほしい」
とのこと。

おおぅ、そいつはお易い御用。…と言いたいところではあったんですが、ここでちょっとした問題発生。

「書道セットを日本に忘れてきた!」

…なんともおマヌケな有様です。
が、たしか中国製の筆がこっちでも手に入るよなぁ…ということで、急いで文房具屋に走り、簡易書道セットを入手。しかし、さすがに硯や墨汁は売っていなかったので、水性インクで代用。



やっぱり筆は中国製の安い粗悪品だったので扱いにくかったんですが、ひとまず頼まれた文字を書き、スキャナはないのでデジカメで撮影。で、その写真をメールに添付してブルガリアに送信。便利な世の中になったもんです。


……そして後日、ブルガリアから送られた壁画の完成写真がこちら。



かつてフィリピンで世界屈指と言われた絵教材作者がブルガリアとモンゴルに分かれ、約2年ぶりに見事な連係プレーをやってのけました!

俺の書がブルガリアの子供たちのまなこに映る……。
感無量です。

この壁画を実際にこの目で見るまで死ねねぇな。

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